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【連載小説】はつこひ 第七話

 そこに映し出されたのは、彼がこれまでに瞳で写し取ったもの。写真だった。

 写真の中では、飯村さんは今と同じ制服を身に着けて、紅白の紙の造花で飾られた「アンドロイド専門X区第三中等学校 入学式」と書かれた立て札の前に立っている。
 飯村さんを真ん中に、優しそうな年老いた夫婦が両脇に寄り添っていた。

 老夫婦は人間だが、どうやら飯村さんを「子ども」として、とても愛しているように見える。そのことは、飯村さんの両肩に優しく添えられた二人の手から十分に伝わってきた。

 アンドロイドが学校で教育を受けることがに義務となった理由は、人間に逆らわぬシステムを構築することにあると言われているが、
そんな中、人間に「子ども」として愛情を注ぎ育ててもらえることは、とても幸運なことだ。

 学校でどんな扱いを受けているかは私には見当がつかないが、少なくとも彼が家に帰れば彼を愛し、守ってくれる家族がいる。

「飯村さんが幸せそうでよかった」
 心からほっとした。

「良いご両親に巡り会えて、よかったわね」
 彼にそう伝えたようとしたその時、写真に妙な違和感を感じた。

 飯村さんは私と同い年のはず。
 だから、中学に入学したのは今年の春で、まだ八カ月ほどしか経っていないはずだ。

 しかし、なぜか写真の中に写り込んでいる他のアンドロイドたちは、旧型の飯沼さんと全く同じ姿かたちをしている。

 たまたま? いや、それにしては不自然だ。

 飯沼さんも周りの生徒たちも、それを選ぶことが普通のことであるように、まるで、それがその年の流行りの型であるように、どのアンドロイドも同じ顔をして、同じ身体を身に着けている。

 写真の細部まで目を凝らすと、右端にうっすらと撮影日が記されていた。

 そこには、「七九三年四月五日」とあった。

「……今から、三十年前の日付?」
 震える声で呟くと、「蝶子ちゃん、どうしたの?」と彼は聞いた。

「飯村さん……、お母様とお父様はいつからいないの?」
「うん? いるよ。ほら、ここに写っているのがお父さんとお母さん。これも、そうだよ」
 飯村さんが瞬きをすると、映像が次々と切り替わっていく。

「見て。これは、お母さん。これは、お父さん。これは、二人と初めて会った日」
 彼が映し出したのは、夫婦に「子ども」として迎えられた最初の日の光景だ。
 夫婦の背中はぴんとして、髪にはまだ黒髪が残っている。彼に向ける笑顔には希望が満ちていた。映像の左端には、まだ赤ん坊の身体に入った彼が、新たな両親に向かって小さな紅葉の形をした手を伸ばしていた。

「もういいわ!」
 延々と写真を映し続ける彼の顔に、思わず覆いかぶさる。それと同時に、映されていた映像はプツンと消えた。

「蝶子ちゃん、もういいの?」
 彼は私が暗闇を怖がらないよう、指先に小さな光を灯す。

「うん。もういいの。飯村さん、ありがとう。素敵なお母様とお父様に会わせてくれて」

 最後の映像には、年老いた夫婦が黒服の役人達に連れて行かれる姿が映っていた。
 振り返って飯村さんを見つめる二人の瞳には、何の感情もなく、ただ灰色の薄雲が張り付いていた。

「蝶子ちゃん、なぜ泣いているの?」
 彼は私の頭に優しく手を添える。

「何でもないの。何でもないのよ……」
 早く泣き止まなくてはいけない。けれど、いくら自分に言い聞かせても、中々涙は止まってくれなかった。

 老夫婦がこの家を去ったのは、今から十年前の十二月の日付だった。つまり、彼はその日から十年もの年月を、この家で一人過ごしてきたことになる。
 
 そして、中学校に入学したのが三十年前のこと。

 アンドロイドの中には、稀に年齢を重ねる際のプログラムアップデートや、新しい身体に何らかの不具合で適合できないものがいる。その場合、主記憶装置メモリーや身体機能維持ディスクも進化を見込めず、そのままの状態を維持することでしか生き続けることができない。

「合成タンパク質の肌のアンドロイドは痛みやすいから、労働力としては費用効率が悪い」とか、「災害時には合成金属製のアンドロイドの方が頑丈で危険な仕事を任せられる」とか、そんな人間側の都合で旧型の合成金属の肌を持つアンドロイド労働者が町中を歩いていることも、それほど珍しいことではない。

 しかし、彼が未だ旧式の少年型アンドロイドのままでいたのは、「そういう理由」ではなかったのだ。

 彼は、三十年前から今日まで、「中学一年生」をずっと繰り返している。

 飯村さんは一生、大人になることができない。

(つづく)

(1837文字)

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