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『星屑の森』―AKIRA―(14)

「──そうよ、愛。怒って。私を憎んで」

お姉ちゃんのその言葉を聞いて、私は自分が眉間に力を込めて、涙を流しながらお姉ちゃんを睨(にら)みつけていることに気が付いた。

「これまでの古い枝を折り、この新しい枝を挿せば、あなたの記憶から私は消える。元から、今の家族と幸せに暮らしていた。そういうあなたになれるわ」

「嫌だ! 私は、お姉ちゃんを忘れない。菜佳だって、忘れるわけないよ!」

「あなたの『記憶の樹』には、他の人の樹にも影響を与える力がある。あなたが私を忘れれば、他の人も忘れるし、あなたが家族だと思っていれば、周りの人もそれを当たり前のように受け入れるわ」

「お姉ちゃん、酷いよ。何で今になって、そんなことするの? 私は、お姉ちゃんと離れたくないんだよ!」

私は、すぐにでも駆け寄って、お姉ちゃんを責めたかった。引き止めたかった。
しかし、足を踏み出そうとしたその時、足が重く思うように動かず、地面に倒れ込んだ。
私は、何とか身体を這って進むと、かろうじて手に届いたお姉ちゃんの服の裾を強く握った。

「あなたの'本当の母親'と約束したの。あなたには、普通の幸せを知って生きてほしいって。
 あなたにも、私達と同じ血が流れている。もう既に、私と一緒であれば他人の記憶に入れてしまう。こんな能力……、他人の記憶をどうこうするなんて、幸せなことではないわ」

「私も……、私もお姉ちゃんを手伝うよ。そんな力があるなら、私も悪夢祓いを出来るようになる。だから、お姉ちゃんは、どこにも行かないで!」

私は、いつの間にか怒りを忘れて、ただただ縋(すが)っていた。
しかし、お姉ちゃんが私の手を取ることはなかった。

「ごめんね、愛」

「酷い、酷い……! こんなことするなら、最初から、私に関わらないでよ。『記憶の樹』のことなんて、私に教えないでよ!」

「あなたに酷いことをしているのは、分かってる。でも、あなたの能力を奪うには、一度目覚めさせた力を、それまでの記憶と共に手折(たお)ることでしか、成し遂げられない。だから、私はその時を待つために、あなたと一緒に居た。
 私の記憶が消えた後、暫くすれば、あなたの『記憶の樹』の力も消えるわ。これからは、あなたの新しい枝が、あなただけの記憶で成長していく。これからは、本当の人生を生きていけるわ」

私に、お姉ちゃんと同じ様な能力があったのだろうか。
人の『記憶の樹』を見られたのは、あくまでも、お姉ちゃんの力だと思っていた。
しかも、私の記憶が他人の記憶にまで影響を与えると、お姉ちゃんは言う。
どちらも、全く自覚することもなく、考えたこともなかった。

「お姉ちゃんは、頼まれたからずっと私と一緒にいたの? 私の記憶の中のお姉ちゃんは、作りものなの? ……私は、愛されてなかったの?」

地面にうつ伏せになって、私は泣いていた。
涙の粒は、次々と地面に落ちていくのに、すぐに跡も残さず消えてしまう。

その時、それまで淡々と話していたお姉ちゃんが、私の側で膝を付き、私の頭を撫でたのを感じた。

「愛は、私の大事な子よ。これからも、変わらず愛しているわ。ずっと見守っている。……さよなら」

それは、私が最後に聞いた、いつものお姉ちゃんの優しくて柔らかい声だった。

今夜の夢は、理解できないことばかりだ。

こんな悪夢、早く覚めて……。

(つづく)

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