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『星屑の森』―AKIRA―(3)

透明な紫色のガラス製のドアノブに触れると、ひやりとした感触が掌(てのひら)に伝わる。
ドアノブは、ガチャリと音を立て、しっかりと回った。
店が営業している証だ。

「愛、帰ろうよー」

後退を促す菜佳を尻目に、私は躊躇(ちゅうちょ)なく重い扉を開ける。

すると、「チリンチリン」と小さなベルが鳴るのと同時に、
扉の中に閉じ込められていた暖かな空気が、私達の頬を掠(かす)めていった。

良い香りのする風を感じて、菜佳も私の肩越しに店内を覗き込んだ。

得たいの知れない店の外観とは裏腹に、
店内は柔らかい飴色の光に包まれている。

カウンター席3つに、テーブル席2組という小さな店内を、
外国製のアンティークのランプが照らしている。

カウンターには、鈴蘭の花の形をした乳白色のガラス製ランプが2つ吊るされており、
テーブル席にも各々、花や葡萄の柄の入ったステンドグラス製のランプが置かれている。

テーブルと椅子は、角が整ったシンプルなデザインだが、美しい木目と塗り重ねられた艷やかなオイルが、経年を感じさせる。

一見、剛健質樸な印象を受けるテーブルセットだけれど、
私みたいな女子高生でも安心できるのは、椅子の座面に貼られたワインレッド色のベロア生地のおかげだ。

ベロア地のしっとりと柔らかな肌触りは、座る者を優しく迎え入れ、どこか優雅な気持ちにさせてくれる。

「お、愛ちゃん。いらっしゃい。
 今日は、お友達も一緒?」

カウンターでティーカップを丁寧に磨いていたマスターが、手を止めてこちらに微笑みかける。

マスターは40歳らしいけれど、もう少し若く見える。白いシャツはいつもパリッとしていて、清潔感のある大人の男性だ。
爽やかな笑顔で話しかけられて、菜佳は私を押し退けて、店内に足を踏み入れた。

「はい! 愛の親友の川嶋菜佳です。はじめまして!」

「こんな可愛い高校生のお客様は久しぶりだな。良かったら、ゆっくりしていってね」

マスターの、天然なんだか計算なんだか良くわからない営業スマイルに、菜佳は舞い上がっているようだ。
この間は、一年後輩の男の子がかわいいとか、テンションを上げて騒いでいたのに、菜佳の趣味は良く分からない。

マスターに深入りしない内にと、私は菜佳の腕を引っ張って、店の奥へと進む。

店内の一番奥にある、角のテーブル席。
お姉ちゃんは、いつもこの席に座っているのだ。

ランプの光の下で文庫本を広げて、ティーカップを片手に、本を読み耽(ふけ)っている人がいる。
こんなに、わちゃわちゃと私達がやって来ても、
気付いていないようだった。

「お姉ちゃん」

私が声を掛けると、その人は顔を上げた。

「あれ、愛。来てたの」

透き通る様な色素の薄い前髪が揺れて、隠れていた琥珀色の瞳が煌めいた。

「え、え、誰? 誰なの、この美少年!」

私の後ろで、菜佳が小声で色めきたっている。
私の腕をしつこく掴むものだから、私は振り返って、

「私のお姉ちゃん」

と、菜佳に言った。

すると、菜佳は私の腕を掴んだまま、私とお姉ちゃんの顔を、何度も往復して見た。

まあ、驚くのも無理はない。
私とお姉ちゃんは、全く顔が似ていない。
私達は、異母姉妹なんだもの。

(つづく)

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