【短編小説】初恋のきみに花束を(1)
見知らぬアドレスから「同窓会のお誘い」というメールが届き、思わず開封するとメールの送り主は元クラスメイトの蒲沢璋だった。
「瑠那、久しぶり。八年振りやな。元気しとるか?
実はな、端中が今年の三月に閉校して、夏に校舎が取り壊されることになったんや。
和海(なごみ)とも話して、同窓会開こ思てな。
東京からはちょっと遠いけど、瑠那も来うへんか?
五月十四日(日)午後三時、端中三年一組の教室で。
返事待っとるで」
端戸井中学(通称:端中)は、中学三年の一年間だけ通った学校だ。
高校進学と同時に東京の祖母宅に戻った私は、たった二人のクラスメイトとの連絡を絶ってしまったけれど、それを責めることも参加を無理強いすることもない文面から昔と変わらない彼の姿が想像できた。
以前の私なら誘いを断っていたはずだが、アルバイトを辞めたばかりの私の真っ白なスケジュール帳は「何でもいいから書き込んでくれ」と訴える。
璋のメールには幸い「あの人」の名前はない。
「連絡ありがとう。参加します」
文字を打ち込み、メールを送信した。
*
端戸井中学は、一学年一クラス、一クラスに三人から五人ほどの生徒しかいない村唯一の中学校で、生徒の出身も事情も様々だった。
私は東京の学校に馴染めない弟が過ごしやすいようにと移住を決めた両親に連れられて、和海は暴力を振るう父親から母親と共に逃れるためにここへやって来た。璋だけは村の子で、生粋の明るさとユーモアを発揮して人見知りの私たちを繋いでくれた。
徐々に村の生活に慣れたとはいえ、田舎の時間は退屈で仕方がない。木造二階建て校舎の二階にある教室からは、檜の木が窮屈そうに並ぶ山を望むことができ、私は鉛筆の先のような形をした木の影を数えながら時間が過ぎるのを待っていた。
すると突然、消しゴムの欠片が机の上に飛び込んできた。
飛んできた方角を見ると、隣の席の和海が口をぱくぱくさせて「よそ見すんな」と私を叱る。
「この構文、入試でもよく出るから覚えておけよー」
英語担当で担任教師でもある貴谷は、私を横目で見ながら黒板に「重要!」と赤いチョークで書き込んだ。
和海はすらりと伸びた長い手足が美しく、少しだけおせっかいで、いつもファンデーションや口紅を持ち歩いている大人びた少女だった。
しかし、和海が化粧をするのは着飾るためではなく、ここにくる以前に負った身体の痣と栄養不良からくる顔色の悪さを隠すためだ。
現在、モデルとして活躍する和海を初めて雑誌で見かけた時、白いノースリーブワンピースの袖から傷一つない腕が伸びているのを見て、目の前が滲んだ。
そのことを電話で璋に話すと、「そうか。よかったなあ」と言って再び一緒に泣いた。
「和海、ますます綺麗になったよね。私、相変わらず背も低くて子供っぽいし、全然変わってないかも」と笑うと、「変わってても変わってのうても、どっちでもええやん。一緒に思い出話できたら、それで十分やと思うで。嫌な思い出は端中の校舎と一緒に埋めてしまえばええよ」と真面目な声が返ってきた。
璋は、私が苦い記憶を思い出さないよう連絡を絶っていたことなどお見通しなのだ。
「あの人」の名前を出さないのも優しさからだろう。
「そうだね。一緒に埋めてもらおうかな」
そう言うと、璋も「俺も秘密、埋めてまうで」と言って笑った。
(つづく)
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