なんでもない日、おめでとう【ショート小説】

 日曜日の十七時。九月だというのに、汗ばむ日だった。目黒駅からまっすぐこの道を十五分歩けば、約束の焼き鳥店『鳥繁(とりしげ)』はある。

権之助坂を下り行く。
ドン・キホーテ手前を左に曲がると、とんかつの名店『とんき』だ。
角からちょいと覗くと、上等な油の匂いに包まれ、行列ができていた。
その光景を見ると、なぜかいつも満足する。

いけない、今日は『鳥繁』だった。気を取り直して歩く。

高級車とタクシーと東急バスがばんばん流れていく。
轟音がして見上げると、落ちてきそうなくらい頭上近くを、飛行機が通り過ぎて行った。

目黒川にかかる橋を下り、大鳥神社の大きな交差点を渡ると、今度は上り坂になる。
銀色の目黒寄生虫館の前は、怖いから少し足早に過ぎたい。
向かいの家具屋が、お洒落なオレンジ色のランプを灯していた。

東急ストアの先、元競馬場前のバス停が見えれば、やっと『鳥繁』だ。
シャツに汗が滲んでいた。早くきんきんのビールが飲みたい。

「ごめん、遅れた」

木枠の引き戸を開ける。こぢんまりとした店の中に家族はいた。
「遅ぇよ」兄が笑う。もう顔が赤い。皆、元気そうだ。
こうして全員が揃ったのは半年ぶり、いやそれ以上かも。

まずは私ビール。それからつまみの新鮮な鳥刺しを食べ、焼き鳥モモ、砂肝、レバー、手羽先、つくね団子には特製の山椒をかけていただく。
どれもぷりぷりで旨い。

〆のそぼろご飯を取り分けて、鶏スープと共に流し込む。久々の『鳥繁』は、相変わらず最高だった。

「おいしいね。家族揃って、なんでもない日に外食できるって、こんな幸せだったんだね」

私がぽつり言うと、一瞬静まり、それから家族全員、いつものようにワハハと笑った。


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