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『少女の友』があった時代の物語——『少女探偵、はじめませう!~五百雀弓子と三文文士~』
あらいその 匂をさせて わかめ賣り 春の電車に入つて來ました
これは昭和十年(1935年)、『少女の友』4月号の「讀者文藝」欄に掲載された短歌です。
作品が採用されると、作者の居住地と名前が載ります。この短歌の傍らには、「京城 和子」と記されています。
「京城」というのは、現在の韓国ソウルです。
当時は「京城」や「満州」にも、多くの日本人が住んでいました。「和子」さんもまた、そんな日本人少女のひとりだったのだと思われます。
――かつて『少女の友』という少女雑誌がありました。
明治四十一年(1908年)2月に創刊され、昭和三十年(1955年)6月まで足掛け48年――ほぼ半世紀に渡って、日本の少女たちに支持され続けた雑誌です。
特に中原淳一が表紙を描いていた昭和十年(1935年)1月号から、昭和十五年(1940年)6月号までが『少女の友』の全盛期と言われています。
中原淳一の描く眸の大きな、華やかさと儚さを併せ持つリリカルな少女像は、当時の読者たちに熱狂的に受け入れられました。
![](https://assets.st-note.com/img/1685446560945-xWg6BgFwL7.jpg?width=800)
上の絵は『少女の友』昭和十五年5月号の表紙を飾ったもので、中原淳一は「セルのころ」というタイトルを付けています。
「セル」というのは梳毛和服地の一種で、単仕立ての合着として用いられたものです。
「合着」というのは、春と秋の季節に着る衣服を指します。この表紙絵は五月号用のものですから、それに相応しく、いかにも春らしい華やかなセルの和服が描かれています。
『少女の友』の特色としては、中原淳一の描く独特の美少女の他に、「讀者文藝」欄が非常に充実していたことが挙げられます。
何しろ毎号、「讀者文藝」欄だけで50頁もあったというのですから、編集部の力の入れようがわかります。
『少女の友』の「讀者文藝」欄は、作文あり、短歌あり、現代詩あり……と非常にバリエーション豊かでした。
そこに掲載された作品を読んでみると、当時の十代の少女たちの芸術的素養と文章力の高さに思わず目を瞠ります。
例えば短歌にしても、「和歌」(いわゆる文語短歌)と「口語和歌」に分かれており、それぞれハイレベルな作品が並んでいます。冒頭でご紹介したのは、「口語和歌」の入選作(第一席)です。
ワカメ売りの女性が、おそらく売り物のワカメを背負うか抱えるかして電車に乗ってきたのでしょう。その「あらいそ」の香は、爽やかな春の「匂」となって電車の車両を満たす――京城での生活の一コマを鮮やかに切り取ったスケッチで、「和子」さんのかいだ春の「匂」を、90年近くの時を隔てて、わたしもまたかがせてもらったような気持ちになりました。
「和子」さんは、きっと父親の仕事の都合か何かの理由で、日本を離れ、京城で暮らしていたのだろう、とわたしは想像します。
年はいくつくらいでしょうか。「讀者文藝」欄にはペンネームで投稿する人が多かったのですが、「和子」というのは本名かもしれません。もしそうだとしたら、彼女は当時十歳くらいだった可能性が高いと思われます。なぜなら「和子」というのは、大正から昭和に改元される時期に生まれた赤ちゃんに多かった名前だからです。
そんな彼女にとって、自分の作品が『少女の友』誌上に活字となって載ったことは、いったいどれほどの喜びだったでしょうか。
そもそも娯楽というものが少なかった当時の少女たちにとって、月に一度手元に届く雑誌の影響力は、はかり知れないものがあったに違いありません。
現代という時代は、確かに娯楽に溢れています。でも、ドラマを二倍速で観て、その合間にスマホでメールをチェックをしたり、SNSを眺めたり……なんだかやたらに慌ただしく、しかもそれをマルチタスクなどと得意になっているわたしたちは逆に、一冊の雑誌をじっくりと、隅から隅まで食い入るように読んでいた彼女たちの喜び――その溢れるような胸の高鳴りを知らないのかもしれません。
「和子」さんと同じように『少女の友』を愛読していた、ひとりの戦前の少女を主人公にして、わたしは『少女探偵、はじめませう!~五百雀弓子と三文文士~』という中編小説を書いてみました。
ミッション系の女学校に通う令嬢・五百雀弓子と、出生の秘密のある(らしい)三文文士・円城寺犀門のコンビが謎を解明していく――という物語です。
日常系のライトミステリーですが、謎の解明に伴い当時の社会問題が浮かび上がってくる構成になっております。
お読みいただけたら、こんなに嬉しいことはありません。
『少女探偵、はじめませう!~五百雀弓子と三文文士~』全12話はマガジンにまとめてあります。↓↓
※「和子」さんの口語和歌のテクストと『少女の友』に関する参考文系はこちら。↓↓
参考文献:
実業之日本社編『少女の友 創刊100周年記念号 明治・大正・昭和ベスト
セレクション』実業之日本社、二〇〇九年
弥生美術館・内田静枝編『新装版 女學生手帖――大正・昭和 乙女らいふ』
河出書房新社、二〇一四年