【短歌&小さな物語】「ボール」

手の中の
ボール一つを
高々と
高々と投ぐ
秋空の底

「ボール」#今日の短歌(十六)

小さい頃から、運動が苦手だった。

短距離走なんかすると、ほぼ確実に転んでいたため、小学校低学年の時、「ミナミノさんは、次は転ばずに走れるように頑張りましょう!」と担任の先生に言われた。屈辱の記憶である。

そんなわたしでも、時には思い切り体を動かしてみたい時がある。

例えば、今日みたいに――

澄み渡った秋の空の下を、スニーカーで駆けてみたい。

それから、ボールも投げてみたい。

考えてみれば、ボールって不思議。
投げるための、ただそれだけの物。

投げるだけじゃなくて、棒で打ち返したり、抱えて走ったりもするけれど、そんなのは後から、しかつめらしい顔をした人たちが、しかつめらしく決めたルールに決まっている。

最初はただ投げる物が欲しくて、人間はボールを創ったのに違いない。

投げたかったのだ。純粋に、遠く高く、何かを投げてみたかったのだ。

だからわたしもボールを一つ、思い切りほうり上げる。

高く高く、空に向かって――

落ちてきたら両手で受け止めて、また抛る。

次はもっと、もっと高く――

そのうちだんだん、自分が空の底にいるのだか、空の底にボールを落としているのだかわからなくなってくる。

わたしの体と丸いボールが、秋の空の奥へと吸い込まれていく。
舞い上がるように、あるいは落下するように吸い込まれていく。


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