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食べる、食べない、叩き落とす…韓国の慣習“出所したら豆腐”の描き方もドラマによってさまざま。(ドラマ『椿の花咲く頃』について#5)

『椿の花咲く頃』について、5回目です。韓国ドラマでよく出てくる、刑務所から出所したときに豆腐を食べるシーンとその意味、また印象的に演出されている映画『親切なクムジャさん』についても書いていきます。

 韓国ドラマや映画で、刑務所から出所した登場人物が、外で待っていた家族や知人から渡された豆腐を刑務所の前で食べるというシーンをよく目にします。刑務所だけではなく、警察署で取り調べを受けて出てきた場合でもあります。

 昔は刑務所の食事は粗末で栄養不足の傾向があったので、たんぱく質が豊富な豆腐で栄養をつけさせたとも、出所して思うままに食事をして消化不良を起こすのを防ぐための回復食とも言われます。また、豆腐はもう大豆に戻れないので、もう二度と刑務所に入らないよう、そして豆腐のような真っ白な新しい人生を送るようにというリスタートの意味もこめられています。最近は刑務所の食事も栄養バランスがよくなっているようですので、現在の豆腐の習慣はこの「再び罪を犯さないように」という意味だけになったのでしょう。

『椿の花咲く頃』では、第18話でこの豆腐シーンが登場します。ヒロインのドンベク(コン・ヒョジン)が経営するスナック「カメリア」の貸主であるノ・ギュテ(オ・ジョンセ)が、警察署から出てくる際、白い物を持って口をモグモグさせているシーンがあります。

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ドラマ『椿の花咲く頃』からのキャプチャー画面。

 豆腐に関するセリフはありませんが、母親が持ってきた豆腐を食べていることを、韓国人なら誰もがわかるのです。母親が来たせいで妻のジャヨンが来づらいと文句を言いつつ、ちゃんと豆腐は食べているのですね。

 この豆腐のシーンの前後は、ドラマを通してずっと不気味な存在だった連続殺人犯「ジョーカー」をめぐってストーリーが加速的に動き出し、またギュテとジャヨンの夫婦にも新たな展開が見られる面白い部分です。

 ちなみに『梨泰院クラス』では、パク・セロイ(パク・ソジュン)と一緒に出所したヤクザの親分は大勢の子分たちに出迎えられますが、「豆腐なんかいらない」と言って食べず、出所後もヤクザ稼業はやめませんでした。

 2005年の映画『親切なクムジャさん』の中で、刑務所から出所した主人公クムジャ(イ・ヨンエ)に、教会の伝道師が豆腐を渡すシーンがあります。伝道師が豆腐を差し出し「豆腐の色のように清廉潔白に生きるように。二度と罪を犯さないように」と言います。それに対してクムジャは「ノナザルハセヨ(너나 잘 하세요)」と言ってその手を払い、豆腐をひっくり返すのです。

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映画『親切なクムジャさん』からのキャプチャー画面。

 このシーンはとてもセンセーショナルでした。「あなたこそ」という意味のセリフですが、「あなた」を意味する「ノ(너)」は自分より年上の人には使わない単語で、語尾に尊敬語にあたる「ヨ(요)」をつけることによって慇懃なニュアンスになり、相手の言葉を無視する微妙な心理を表現しています。普通、韓国では尊敬語と友だち言葉、いわゆるタメ口を混ぜて使わないので、このセリフはインパクトが強く、大流行しました。他人のことに干渉せず自分のことをちゃんとやりなさい、つまり「余計なお世話です」という意味でさまざまな場面でよく使います。

『親切なクムジャさん』は、日本でも人気を博したドラマ『チャングムの誓い』のイ・ヨンエ主演、『オールド・ボーイ』のパク・チャヌク監督のサスペンス作品です。独特な世界観と、無表情で容赦なく復讐を遂行するイ・ヨンエのキャラクターに引き込まれます。ショッキングなシーンも多い作品ですが、韓国語を理解すればするほど、このセリフと、無残に落とされた白い豆腐の印象は強くなるでしょう。

「出所したら豆腐」という慣習は、韓国ドラマの中でさまざまなキャラクターやその心情を表す演出として使われているのです。

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ドラマ『付岩洞(プアムドン)の復讐者たち(邦題:甘くない女たち~付岩洞の復讐者~)』からのキャプチャー画面。このドラマにも豆腐シーンが。2017年の作品で、日本でもBS等で放送され、dTVで配信中。

【『親切なクムジャさん』】
2005年公開の韓国映画。『復讐者に憐れみを』『オールド・ボーイ』に続く、パク・チャヌク監督による復讐三部作の最終作。濡れ衣で13年間服役していた模範囚の復讐劇。
【イ・ヨンエ】
好感度が高く「お嫁さんにしたい女優」「女優が憧れる女優」などのランキングで常に上位。キャッチフレーズは「酸素のような女性」。日本では2000年の映画『JSA』で知られるようになり、2004年からNHKなどで何度も放映された朝鮮王朝時代を描いたドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』で主演を務め、大ブレイクした。
【パク・チャヌク】
韓国を代表する映画監督、脚本家、映画プロデューサー。上記の三部作としては、"人間ではない存在の三部作"というテーマでくくられた『サイボーグでも大丈夫』『渇き』『イノセント・ガーデン』という作品も。そのほかの代表作として『JSA』『お嬢さん』など。

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