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映画『茜色に焼かれる』感想

コロナ禍、実在の事故がモチーフ、生々しい性描写あり、話題性あるものをてんこ盛りに詰め込んだR15+指定映画「茜色に焼かれる」



12月9日、目黒シネマで開催されたトークイベント付きの「茜色に焼かれる」を鑑賞した。

ゲストは、石井裕也監督と池松壮亮さん

 【あらすじ】
主人公:田中良子(尾野真千子)は7年前に夫を亡くしている。元政府高官の高齢者・有島85才の運転する車に自転車ごと撥ねられたのだ。有島はアルツハイマーを患っていたことを理由に罪に問われず、一切の謝罪の言葉もないことを理由に良子は賠償金の受け取りを拒否した。以来、一人息子の純平(和田庵)を女手ひとつで育てているが、コロナの影響で経営していたカフェは潰れ、ホームセンターの生花コーナーのバイトと風俗の仕事を掛け持ちして生計を立てている。なぜ風俗までしなくてはならないのか。二人の生活費のほかに養父の老人ホームの家賃、陽一が浮気相手に産ませた子供の養育費をなぜか払い続けているせいだ。有島が天命を全うし92才で死んだことを知った良子は、有島の葬式に出ようと赴くが有島の息子と顧問弁護士に追い払われる。純平は、良子が風俗で働いていることでいじめを受けている。良子は学校に抗議に行くもまともに対応してもらえず、ホームセンターは不当に解雇され、次々と理不尽な目に遭う良子の口癖が「まぁ、がんばりましょう」。めっちゃイライラさせられながら物語は進行する。 

【感想】
とにかくイライラした。

・イライラの象徴「まぁ、がんばりましょう」
まず無駄なテロップが多い。冒頭に出てくる「田中良子は芝居が上手い」は必要だったのだろうか。これのお陰で主人公の振る舞いすべてが演技に思えてしまうし、白々しく映る。マイナス効果じゃないのか。
 
盛大に行われた元政治家である加害者の葬式に、一目その死に顔を見てやろうと足を運んだ良子だが、加害者の息子に嫌がらせはやめろと罵倒され、なぜかへらへら笑っている。最初は、嫌がらせをしてお金を引き出しているのかと思ったら、違った。知能が足りないのでもなかった。「まぁ、がんばりましょう」とやり過ごしているだけなのだ。これ演技?ただ無気力になってるだけだよね。
 
被害者遺族に対する加害者遺族のあまりに失礼な態度も気分が悪い。加害者が謝罪しないから賠償金は一切受け取らない、今後も一切請求しないという書面にサインまでした良子は気高い人間なのに、なぜ堂々としないのか。善良な人を死に追いやり謝罪しないままのうのうと長寿を全うした図々しい人間の死に顔を見に来たことが、そこまで非難されることか。怖い弁護士が付いていようとへらへらやり過ごす必要はない。実際にあった事件を連想させるのに加害者息子が被害者遺族に「あなた、おかしい」 なんてセリフよく言わせたなと抵抗を感じた。
 
「田中良子は演技が上手い」のテロップと同様、何にいくらかかったか、金額を示すテロップが細かく出てくる。公営住宅の家賃、月の食費。義父の施設費用、ホームセンターのパート代、風俗の時給。いちいち出てくるけど何ら効果があったとは思えない。
 
・一人息子の純平
純平のいじめを疑って学校に駆け付ける良子は「まあ、がんばりましょう」のへらへら精神はどこへやら、意外にも担任を強く責める。しかし純平の成績が優秀すぎて学校に呼ばれた時には、急にニコニコしだして親バカ丸出しだったことも、普段「演技」を身に纏っているはずの設定からかけ離れた姿だった。
公営住宅の狭い部屋の壁一面にはバンドマンだった夫の遺品らしい小説が並べられている。暑い夏の盛り、公営住宅前で本を天日干ししながら読書にふけっている純平は、本を読んでいるだけで特に勉強している様子もない。もちろん塾にも通っていないのに、全国トップレベルの成績を取れる謎。まだ中学1年生ならそういう奇跡もあるのかもしれないけど。登場人物の中で純平だけが唯一まともに見えるのに、これからはさぞ母親の支えになることが期待されるのに、いじめは結局解決しないから気分は晴れない。
 
・謎ルール
母子の間で決められたルール。いじめを心配する良子は純平に『嘘をつかないこと』を約束させる。しかし息子に風俗で働いているのかとはっきり聞かれ、良子がどうかわすのかと思いきや「勤めていない」ときっぱり嘘をついていた。
感動の茜色夕焼けラストシーンも、ルールにうるさいはずの良子が純平を自転車の後ろに乗せて二人乗りしている。いや二人乗り。いいのか。設定が矛盾だらけで本当にすっきりしないのだ。
 
・やりすぎな仕返し
元同級生・藤木に再会し口説かれた良子は、本格的に付き合いたいと考え、勤めていた風俗店を辞めることにする。藤木とホテルで事を始める前に正直に風俗勤めを打ち明けると、藤木は実は離婚もしていなければ最初から良子をまともに相手にしていなかったことがわかる。だからといって、良子が包丁で藤木を刺し殺そうとする展開はメンヘラすぎてドン引き。風俗店の店長・中村が藤木を連行して、ヤクザを使って落とし前を付けさせることもやりすぎ。いい年した大人が、たかが恋愛に周囲を巻き込んで大暴れする姿は「演技」とは程遠い。
 
・釈然としないラスト
良子たちの社会的弱者ぶりをやたら強調してくるが、その原因は、義父の老人ホームの費用や夫の隠し子の養育費を払い続けているせいである。また金銭的な解決で収めようする加害者への反発から当然もらえる権利を放棄しているからだ。不当ではなく自分の意志で余計な荷物を背負い込んでいるにほかならない。たしかに正しく生きている側がバカを見ている。だからこそ最後はどんなどんでん返しが待っているのかと期待したが、まったくすっきりしない結末が待っていた。 
勘違い中年女が元同級生を包丁で刺し殺そうとするそんな救いのない展開でなく、いじめっ子をとっちめることに費されていたら、交通事故の加害者遺族が改心する方向に仕向けられていたら、どれほどすっきりしたか知れない。

・「田中良子は演技がうまい」 
そもそも「元舞台女優」の肩書は必要だったのか。唯一明らかに「演技」とわかるシーンが、藤木とデート中に年甲斐もなく甘えるシーンだけなのである。赤ちゃん言葉を駆使する姿が憐れだった。良子、本当に演技がうまいのか。ラストにリモートでひとり舞台に挑んでいるが、そう迫力があったようにも見えなかったし、コメディ調で物語を終えてしまうところまで残念だった。

・天使ケイ
この物語の中で一番悲惨なのは、良子と同じ風俗店で働くケイ(片山友希)である。父親に性的虐待を受けて育ち、糖尿病を患い、さらに同棲中のヒモ男から暴力を受け、誰の子かわからない子供を妊娠し堕胎手術の際に子宮頸ガンに侵されていることまで発覚する。しかもかなり進行している段階だ。ケイに比べたら元同級生に再会して舞い上がり修羅場演じる良子はまるでピエロ。ケイが自殺に至る結末も救いがない。

 ・性描写、ここまで必要だったのかな 
中1にはとても見えない体格のいい息子が、25歳の母親の友達に欲情する場面はキモい。息子役の俳優さんが気の毒に思えた。また風俗で働く良子の仕事場をここまで醜く詳細に描く必要があったのだろうか。尾野真千子さん、和田庵さんはこの作品で多くの賞を受賞したようだが、性描写に果敢に取り組めば評価される風潮があるのが残念。

・見過ごされる犯罪 
いじめっ子の行動はエスカレートし、良子親子が暮らす部屋に放火するというとんでもレベルの罪を犯しているのに、なぜか問題になっていないことも納得いかない。逆に良子たちのほうが団地を追い出されてしまう。交通事故に続き、またしても罪が見過ごされている。
そして放火された日、良子は渋谷の繁華街でいきなり道端の自転車を盗んで家路を急ぐが、虫の知らせってやつだったの?なんの説明もなく自転車を窃盗するから驚く。後に返却したからって許されるわけない。

“正しく生きる”をテーマにした三部作のひとつ」
監督とともに登壇された池松壮亮さんが、この映画をそう表現していた。なので前の2作品を見ないで感想を言ってしまうのもどうかと思ったが、少なくともこの作品は、私にはまったく刺さらなかった。

監督の石井裕也さんは、「現実社会に存在するさまざまな理不尽への「怒り」が、この脚本を作成し、映画を撮るうえでの原動力になっている」とインタビューで語られていたようだ。
またトークライブ内で、2週間で脚本を書いた、とおっしゃっていた。速筆は結構だが実際にあった事件をモチーフに扱うのだから真摯に取り組んだことをアピールをするほうがいいに決まっているのに、2020年の6月に脚本を書き始め一般公開が2021年5月とこれだけの期間で映画作っちゃう俺すごいでしょアピールは非常に残念に感じた。流行病、貧困、格差社会などを散りばめてまさに「今の日本」を映した作品はスピード感こそ大事だったのだろう。でもこんな哀しいほど深みのない物語にしてしまって、本当によかったのでしょうか。 


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