映画「30S」考察 ラストかな
もう考察はいいかなと思っていたけど、「約束の日」のイベントで監督のお話や真田くんの考察を直接聞いちゃったらもう一度振り返りたくなるよね、どうしても、やっぱり。ころころ変遷した私の考察もやっと完結かな。
■真田くんは言った。
これまで、あまり考察を明かしてこなかった真田くんが、今回のイベントて初めて披露してくれた。
これを聞いて、御手洗甲という人間の生い立ちにもっとスポットを当てて考える必要があると思った。
「思い込みの強い男」
施設育ちの御手洗は、出自に不明なことも多かったに違いない。自分の存在意義に自信が持てない。そんな不安を吹き飛ばす程の威力があったのが、この「誕生日がガリレオの唱えた地動説が正式に認められた記念日と同じ」だったのではないか。この日この世に生まれ落ちた俺最強!と思い込む。
あの偉大なガリレオでさえ名誉回復に350年も要したのだから、思いが強ければやがてそれが叶う日があると信じ込むようになったのではないか。
成長し、同じ誕生日の人間が3人集まったことにも運命を感じた。
「嘘つき」
御手洗は、「俺は嘘ついたことないよ」と言いつつ過去には妹が居ると言っていたし、現在も詐欺を働いている。しかし、矢崎事務所の矢崎さん曰く「御手洗くんは嘘をついていたようには見えないんだよな。」矢崎事務所の謎の美女も言う「或いはそう思い込もうとしていたのか」。御手洗は「嘘つき」の自覚はあるものの、その思いが強ければやがて本当になると半ば本気で信じている。
でも、カオルに「兄は嘘つきでしたか?」と聞かれたタケルは「御手洗は、俺たちの前では嘘は言っていなかったと思う」と答えた。同じ誕生日の二人の前では真っ当であろうとしたのかもしれない。だから、20才の誕生日、児童施設で育ったことを初めて打ち明けたのだ。
■太陽と地球と月
最初は、御手洗は明るく太陽みたいと思っていた。しかし明るい面は仮の姿、精一杯そう演じて生きていた人だった。多くの人を夢中にさせるだけの魅力溢れる人だったんだろう。
対してタケルは、嘘が付けない人。その真っ直ぐさが、眩しい。①の記事で「唯一誰にも依存していない人」と書いたけど、タケルはやっぱり太陽だったんだなぁ。
■監督は言わなかった。
あまり言ってくれなかった。言いたくなさそうだった。ただ、「俺横顔ばっかりじゃない?」という真田くんに「御手洗はあえて横顔ばかりを映している」と言った。側面しか映さないことで、御手洗には別の顔もあることを表していたのでしょうか。
そんな監督もこれだけは言った。「カオルと関わるものはなるべく「変に」なるように意識した」と。それで思った。映像にはカオルの空想も混ざってるのかもしれないと。
・興信所の方々に依頼したのは誰だったのか。そもそも現実なのか。
・文化祭の会場からの、カオルと御手洗の追いかけっこ
・矢崎事務所
・最初の御手洗からのメッセージは本人からだったのか
「どこまでが現実かわからない」
そうなると、みさきも、現実に付き合わされてるのか、カオルの妄想に付き合ってあげているだけなのかわからなくなってくる。カオルは何のために行動していたんだろう。同じ境遇で育った御手洗の唯一の理解者でもあるカオルは、御手洗の嘘を本当にする辻褄合わせのために現れたのだろうか。そうすることで自分の生をも報われる気持ちだったのかな。
新田桃子さんはクールにカオルを演じたけれど、野元空さんバージョンのカオルちゃんも見てみたかったなと思う。人情味溢れる、まったく異なったカオル像になったのではないだろうか。
結果的に御手洗は、カオルの手を借りて30才になる二人の背中を押してあげた。ラストは讃美歌で、というのは監督の案。初見ではもっとポップな曲が良かったなと思ったけれど、やっぱりここは讃美歌で良かった。ラストで全てが綺麗に召されていく。タケルのモヤモヤも、レンカの未練も。20代の抵抗も、なかなかうまくいかない人生も。そして御手洗の存在も。
御手洗甲の人生も肯定したい
やっと、私も真の御手洗に会えた気がしました。純粋で、明るく振舞い、嘘をつくしかなかった御手洗に。30才の誕生日を(たぶん)迎えられなかった御手洗を、これからも毎年祝ってあげたいな。
美勇人くんと共に。