映画『佐々木、イン、マイマイン』感想

心象風景としての佐々木
こういう人って居たよね。
家が貧しい、家庭環境が複雑、表向きは底抜けに明るく振舞っていたりするけど、よく見ると目の奥には果てしない闇が広がっていて、何を考えているのかわからない。同情したところで自分にはどうすることもできないから、そばにいるともぞもぞして居心地が悪くなる。もうそういう人の代名詞「佐々木」でいいんじゃないかと思えた映画だった。

目を逸らしてできれば見たくないのに、佐々木はそんな卑怯な逃げは許さない。裸になってでも輪の中心にいようとする。

最初は、一軍男子が精神的に問題ありそうな男の子をいじめに近い扱いで乱暴に弄っている、よくある光景に思われた。で、ただの痛々しい人を面白い人に変換する装置としての役割を果たすのが、佐々木の親友3人、多田、木村、そして悠二なのかと思った。ド貧乏で孤独な佐々木の生活がどんどん明るみになるにつれ、いじって笑いに変えることがむしろ彼らの優しさだったかもしれないと思い直した。

佐々木の家
存在が圧倒的に可哀想な人ってたいてい知的にも問題があったり、環境が根性を捻じ曲げていたりしたけど、「佐々木」は違う。
狭い家は床に穴が開くほどボロく散らかり放題だけど、うず高く漫画じゃない本が山積み、所属する美術部で描いたらしい絵が無造作に置かれていることから、佐々木は知的に問題ないどころかむしろ教養豊かな面を窺わせる。悠二に本を貸してきたりもする。
たまにしか家に帰らない父は、帰ったとしても、用事が済めばすぐに出ていってしまう。そんな父親を慕い、束の間いっしょにテレビゲームに興じることを喜び、今度はいつ帰るのと聞く佐々木がいじらしく切ない。

佐々木は、家を溜まり場とされることも寂しさを紛らわせられて嬉しかったのだろう。多田が、佐々木が「俺の命」とまで言うなけなしの食糧であるカップラーメンをねだってきても、気前よく佐々木スペシャルにして提供するのだ。

でも、こんなに貧乏なのに、なんでバイトさえしてないんだよ、佐々木。

悠二の家
悠二もまた恵まれた家庭環境ではなさそうだ。
恐らく両親が居なくて、祖母に育てられている。佐々木家と違って祖母の手料理で食卓は賑やかだが、洗濯機を回したまま干すのを忘れてしまうなど軽い認知症が疑われる。洗濯槽の中で放置された洗濯物は異臭を放ち、そんな服を着ていることを容赦なく弄る他の二人は、恵まれた環境に生きているのだろう。

卒業して数年後には祖母も亡くなっていたのだろうか。佐々木と再会する時には墓参りをしている場面があり、佐々木が亡くなって故郷に帰った時悠二は元カノといっしょに旅館に泊まろうとしている。

悠二と佐々木の関係
佐々木は、貧乏でも意地汚く生きることはない、プライドを持っている。だから「すぐ脱ぐ奴に彼女なんかできるわけがない」と多田に言われると珍しく激しく憤るのだ。

でも、高校の時点で人生を早々に諦めてしまっているようだ。

佐々木は自分よりはマシだけどやっぱり可哀想な悠二を励まし勇気づける。
「お前は大丈夫だ。お前は俳優になれ。」
真っ直ぐな瞳で涙を浮かべながら発する佐々木の言葉には重みがあったろう。まるで自分は描けない夢を悠二に託しているように響く。

まだ親父は生きていることでぎりぎり笑える状況だったところに、その父親まで亡くなってしまって、面白がるどころではなくなってしまった佐々木を、三人が持て余してしまうところで卒業を迎え4人の友達関係は途絶える。

佐々木の言葉に背中を押されて卒業後東京で俳優を目指す悠二だが、なかなかうまくいかない。同棲していた彼女には愛想を尽かされ、俳優の仕事で食べていけることもなく、工場でアルバイトをして生計を立てている。
多田が悠二の勤める工場に偶然現れたことで、悠二は強烈な印象を残していた佐々木と過ごした高校時代を思い出す。
前カノに未練たらたらな悠二に「忘れるには遊べ、セフレでも作れ」と軽口を叩く多田に、悠二は俺に汚い言葉を使うなと憤る。多田もプライドは捨てていない。そういえば高校時代の佐々木を怒らせたのも多田だった。

別れても居座る元カノにおとなしく手を出さない悠二。工場でも、手の不自由な同僚を労わる。
佐々木は、カラオケで自分好みの曲ばかり歌う女子を見掛けても軽々しく思われるのが嫌で声さえかけられない。意を決して部屋に侵入し(こわっ)意気投合して一晩楽しく過ごしたのに、別れ際連絡先を聞いたらナンパになるからと頑なに聞かずにその場で別れる。パチンコで横入りする奴にも、いくら強そうな相手でも見て見ぬふりはしないくらい、真っ直ぐだ。

悠二も佐々木も、純粋で、ひとの痛みに敏感で、優しい。そういえば二人には反抗期もなかっただろう。反抗したくても受け止めてくれる人がそばに居なかった。

いつも、心に、佐々木
佐々木が亡くなって、高校卒業後疎遠だった佐々木の生きざまが明るみになる。
短い生涯だったけど、佐々木は、悪くない人生を歩んでいた。仲間に気軽に金を貸すほど相変わらず人は好く、カラオケで親しくなった彼女とはその後もおともだちとして付き合っていて、思い出のバッティングセンターに足繁く通って記録を残していた。美しく尊く生きて、死してヒーローと成り得た。

後輩に誘われた舞台の稽古が進むにつれ、舞台の内容と悠二自身がリンクしていく。悠二もやっと前に進むきっかけを掴む。

佐々木役を演じた細川岳さんは、見事だった。細川さんでなければ、ここまで佐々木が魅力溢れる人物にはならなかった。

演出に過剰に煙草を吸うシーンが出てくるから、20年前位の設定かと思っていたら、生前の佐々木がバッティングセンターのホームランで月間1位に輝いたのが「2019年」になっていたから驚いた。

初見では時間軸が把握できないところがあってちょっとモヤモヤする、もう一回見て確かめたいと思ってしまうから、うまいこと監督の術中にはまってしまう。見れば見るほど細部にまで監督のこだわりが詰まっためちゃくちゃ素敵な映画だった。

監督、悠二の元カノ役を演じた萩原みのりさんと一年前に結婚されていたんですね。
映画自体は爽快感溢れたものだったのに、こんな余計な情報を見てしまったせいか、なんかちょっと、 、、後味悪く感じてしまった(笑)

いや別にいいんだけど。

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