《小説》GINGER ep.3


ep.3 プロデューサー怜生


「ちょっと待って…」



「どれが似合うか…あっ、これなんかどう?うーわ、この子足長いからどちゃくそ似合うじゃんやっば」



神代は私に色々な服を合わせては、あーでもないこーでもないと一人でブツブツ言っている。
私は、部屋の雰囲気に飲まれすぎて、まだ服に意識を持っていけないでいた。



ベッドには、お嬢様の部屋とかでしか見た事がないレースのカーテンが吊るされ、大きくて真っ白のドレッサーには、沢山のコスメが置かれている。
天井にはシャンデリアが一つ、そして、お店が開けてしまう程の沢山の服と靴がしまわれたクローゼットで神代は私に合う物を選んでいた。



「ねぇ、怜生…私、こんな部屋、プリンセスのお話でしか見た事ないんだけど」



「そう?」



丁寧に敷かれたラグに、神代はどんどん服を出して積み上げながら、言葉を続けた。



「小さい時に、母親のウェディングドレス姿の写真を見せてもらったんだけど、本当に綺麗で、忘れられなくて、可愛い可愛いって育てられたもんだから、いつか自分も着られるんだって思ってたの。でも、私はプリンセスをエスコートする側の人間なんだって気付いて、悲しくて、悔しくて、大人になったら、絶対この部屋を作って一人で楽しむんだって決めてた」



神代の嬉しさと切なさが混ざったような声と、寂しげな背中に、私は胸の奥をギュッと締め付けられた。



「でも、今日小鳥を見つけて、あぁ、この子なら私の理想のプリンセスが作れるって思って、無理矢理連れて来ちゃった。ごめんね、付き合わせて」



「ううん。確かにまだ訳分からないけど、でもすごく今ワクワクしてる。楽しいし、嬉しいよ」



ずっとクローゼットを見ていた怜生が、振り返って、今日一番の笑顔を見せた。



「小鳥、私リビングで待ってるから、これに着替えて」



ポンポンと私に服を投げて、神代は楽しそうに部屋を出ていった。



渡された服は、絶対に私が選んで買ったりしないジャンルのものだった。
黒の膝上ミニスカート、花の刺繍が入ったブラウスは胸元に結ぶリボンが付いていて、ヒールの高いショートブーツを合わせる。



ドアを開けて、リビングのソファーに座っている神代に声をかけた。



「き、着替えたよ」



立ち上がってこちらに向かって来る神代は、ワクワクが抑えきれない顔をしていた。



「やっばい!足長っ!ってか、デコルテも綺麗だし、ウエストも薄いし、マジか…想像以上だわ…良く隠してたわね…よし。仕上げのヘアメイクするよ」



「はい!」



もう一度、プリンセス部屋に戻って、今度はあの大きなドレッサーの前に座らされた。
小さなライトで囲われた鏡の中で、私はどんどん綺麗になっていく。



今までやってきたメイクは何だったのか?
どれだけ厚塗りしても、色を重ねても、満足なんてしなかったのに、薄くスラスラと乗せられていく神代のメイクは心が踊る。
適当に結っていた髪は、綺麗にコテで巻かれ、ふわふわなのにクールな女性らしい感じに仕上がった。



「うわぁ、私やっぱり天さ…」



「怜生、天才!!!」



「先に言うなよ」



「ちょっと、すごいよ!私じゃないみたい…何これ…誰…」



神代は私の後ろで、鏡越しに満足気な顔をした。



「ほら立って、こっちの鏡で全身見てみなよ」



ゆっくり立ち上がって、全身鏡の方に歩いていく。
そこには、誰も知らない、私も知らない私が立っていた。



「うん。やっぱり綺麗」



神代はそう言いながら、優しい顔で私の両肩を支える。
ついさっきまで、違う世界の人だと思っていた神代の隣に立っても、恥ずかしいなんて気持ちは出てこない。



「私、こんな変われるんだ…」



「本当に、あのままだったら勿体ない所の話じゃないよ。埋もれて腐らせなくて良かったわ」



「ありがとう怜生。すごく嬉しい」



「喜んでもらえて何より。さて、仕上げに、香水はこれかな」



神代は、ドレッサーの前に置いてある香水達の中から一つ、ガラスに入った香水を持ってきて、私に一吹きした。
甘いのに、少しスパイシーな刺激がある、大人な女性の香り。
お店のショーウィンドウで眺めながら、手に取れなかった香水を身にまとっている。
ふわっと被るように香水に包まれると、また新しい自分に出会えたような気持ちになった。



「すっごい大人な良い香り…」



「これで完璧だわ。ねぇ、せっかくだし、このまま夜のデートでも行かない?」



「デ、デデート?夜の?」



「ちょっと、また変に事考えてるでしょ?普通に、ちょっと洒落た所歩こうってだけ。せっかく可愛くしたんだし、俺もかっこよく着替えるからさ」



そう言いながら、神代は別のクローゼットを開いた。
そこには、男性物の服がこちらもまた沢山入っている。
怖いもの知らずになっている私は、怜生に提案した。



「ねぇ、怜生。せっかくだし、その…こっちにしたら?」



私は、私の着ている服が入っていた方のクローゼットを指さした。



「え?女物の方って事?」



「うん。一緒にプリンセスやろうよ」



神代はちょっと悩んでから、嬉しそうに笑って、クローゼットを閉じた。



「確かに、小鳥にだけ変身させといて、こっちが何もしないのはフェアじゃないね」



「どうせ怜生の事だから、さらにすんごい美人になっちゃうんでしょ?見たい見たい!」



怜生の腕を掴んで揺らしながら、自分でも抑えられない興奮が湧き出て止まらない。



「分かった、分かったから、落ち着けって」



怜生は笑いながら私の手を退けて、クローゼットから、黒のタートルネックと、レオパード柄のロングスカートを選び、ヒールが低めのショートブーツを取り出した。



「さ、怜生様の秘密の時間の始まりだよ。着替えるからリビングで待ってて」



「はい!」



私は、ときめく胸を抑えながら、秘密の部屋を出て、またオレンジブラウンのソファーへ腰掛けた。



次回 「ep.4 夜の街」

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