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【小説】缶珈琲 ep.2

「缶珈琲」

ep.2 音澄とキャラメルマキアート



昨日の雨が嘘のように、強すぎる紫外線が肌を突き刺して、耐えきれず少し駆け足になる。


私には高校一年生の時から続けている事がいくつかあります。
家の最寄り駅にある古びた自動販売機。
私はここで微糖の缶珈琲を2つ買って鞄に入れる。
これが続けている事の一つ。


13:00。
陽向と絵麻とこの駅で集合する時、私は必ず1時間前に到着。
そして、駅から徒歩3分の所にある「TSUMUGI」という小さなカフェに入って二人を待つ。
これは続けている事、と言うよりお決まりにしている事の一つ。


「いらっしゃ…おっ!音澄ちゃん、いらっしゃい」


「旭さんこんにちは!」


このカフェは、深緑色の重たいドアを押して開けると、カランとドアベルが鳴り、優しい声が出迎えてくれる。
細フレームの丸メガネが良く似合う、高身長爽やかお兄さんの旭さん。
このカフェのオーナーさんです。


「久しぶりだね。元気にしてた?あっここ、いつものとこ、空いてるからどうぞ」


「ありがとうございます!いやぁ私ら一応受験生なんで、絵麻はレベル高すぎて勉強しまくっててもう遊ぶにも誘いにくいし、陽向も最後の大会あったのでなかなか…」


入口入ってすぐの一番端のカウンター席。
コーヒーを入れる旭さんが良く見えるし、お喋りもしてもらえる、特別で大好きな席。


「そうか、もう3人とも受験生か。時の流れ早すぎて怖いなぁ。飲み物、いつものでいい?」


「はい、いつもので!本当に早すぎて、まだお気楽高校生でいたいですぅ…」


「ははっ。そういえば音澄ちゃん、絵は?展覧会応募するんでしょ?進んだ?」


「んー、ぼちぼちです。でも良い感じな気がします!審査通るかは分からないですけど」


「審査員がどうこう思うより、自分が一番納得出来る作品は大事にした方がいいよ。はい、お待たせ、キャラメルマキアート」


コーヒーの香りと、キャラメルシロップの甘い香りにふわっと包み込まれる。
温かいカップを両手でゆっくりと持ち上げて、さらに香りを吸い込んだ。


「あー良い匂い!旭さんと旭さんの淹れるこのキャラメルマキアートがあれば私は何があっても生きていけますわ」


旭さんは、軽く握った拳を口元に持っていってクスッと小さく笑ってくれた。
私のお気に入りの仕草です。
うっとり眺めてしまいそうになって、カップに目線を戻し、ひと口飲んだ。


「音澄ちゃん今日は誰と出掛けるの?」


「あっ陽向です!昨日、大会負けてしょんぼりボーイだったので映画誘いました!」


「母さんから大会ダメだったって連絡来ててちょっと心配だったんだ。今年だいぶ賭けてたからね。そっか良かった。映画行けるくらいには元気あるんだな」


「少々強引に誘いましたけどね!楽しませてやりますよ!」


「頼もしいね。よろしくお願いします」


旭さんが陽向のお兄さんだと知ったのは、
TSUMUGIに通い始めて5回目の時だった。
私の特等席に陽向が座っていて、キョトンとする私に、兄貴だと陽向が教えてくれた。
家の最寄り駅よりも、高校の最寄り駅よりも、全然遠いこのカフェを知っている同級生は居ないはずだと思っていた私は、世間の狭さにびっくりして、そして物凄くガッカリした。


別のお客さんのコーヒーを淹れる旭さんの横顔を独り占め出来るこの席は、改めて最高だと思う。
長いまつ毛、綺麗な手、私の目線に気付いて笑ってくれる、こんな幸せな時間誰にも知られたくない。


「そうだ旭さん。私の絵、もし展覧会に張り出されることになっても、見に行かないでくださいね」


「えっどうして?」


私は半分残っていたキャラメルマキアートを飲み干して、深呼吸をした。


「その絵、旭さんにプレゼントしたいやつなんです。だから、先に見られちゃうとその…」


「プレゼントしてくれるの?」


「はい。あっでも大きいので、ご迷惑だったら見せてから持って帰ります!」


「いや、是非もらうよ。展覧会にも行かない。約束する。お店に持ってきてくれるの楽しみにしてるね」


「はい!ありがとうございます。てか、やば!もうこんな時間だ行かなきゃ!旭さんお金、ここ置いときますね!」


「はーい。陽向の事よろしくね。またいつでもおいで」


ドアの前でもう一度振り返って旭さんに頭を下げてから、陽向との集合場所へ向かった。
もう少し時間はあったけれど、絵を受け取ってもらえる喜びと、旭さんと話せた嬉しさで、止められない高揚感が隠せそうになくて、お店を飛び出して全力で走った。


「陽向!」


緩んでしまう表情を隠しながら、イヤホンで周りの音なんか聞こえていないのであろう陽向の背中を思っきり叩いた。


「痛っ!おい、だから叩かなくてもいいだろ!」


「ごめーん!これあげるから許して」


鞄に入れてあった缶珈琲を2つ取り出して、1つを陽向に軽く投げた。


「キャラメルマキアート飲んで、今度は微糖の缶珈琲…お前の口内想像しただけでやだ」


「変な言い方しないの」


陽向を少し睨みつけながら缶珈琲を開けて、ひと口飲んだ。
甘いキャラメル味をほろ苦い味が消していく。


「音澄、キャラメルマキアートなんてそんな好きじゃないくせに何でいつも頼むの?」


ワクワクしていた気持ちが、ストンとどこかに落ちる音が聞こえた。
口角も一緒に落ちてしまう前に持ち上げて、陽向より少し前を早足で歩く。


「ブラックコーヒーよりキャラメルマキアート飲んでる女の子の方が可愛いじゃん」


「別に変わんないって。懲りないねぇ君も。そんなのしんどいだけじゃん」


「分かってるよ。でもいいの」


陽向は何も言わずに缶珈琲を飲み干して、ゴミ箱に捨てた。


私が一年生の時から続けている事。


旭さんに恋をしている事。


「あーやっぱこの缶珈琲の方がいいや!」


強がりがバレないように少し大袈裟にそう言って、私は残った缶珈琲を一気に飲み干した。


次回「ep.3 TSUMUGI」

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