《小説》GINGER ep.4

ep.4 夜の街



「ねえ、怜生。メイクは見せてくれる?」



まだ秘密の部屋で着替えをしている怜生に声を掛ける。



「え?もう終わるんだけど」



「ええ!流石早い。見たかったな…」



勢い良くドアが開いて、体制を崩した私を細くて綺麗な両腕が支えてくれる。
ムスクの甘くて優しい香りが、私を包んだ。



「メイク講座は今度したげるよ。ごめん、勢い良く開けちゃった。大丈夫?」



思わず香りを堪能してしまった私は慌てて離れて顔を上げ、また静止した。
目の前には、スタイルお化けの綺麗な金髪美女が立っていたのだ。



「れ、れれ、怜・・・誰ですか」



「ちょっと、怜生様以外に誰もいないでしょうが。どう?変な所ない?」



「ないないないないめっちゃ綺麗!ってか完璧・・・何この美人・・・うん。やっぱりデートはやめよう。隣歩くなんて私には無理だ。失礼に値する」



「何訳分かんない事言ってんの。さ、行こうか」



怜生は左腕を軽く曲げて、私を誘う。
まだ躊躇ってますって顔をわざとしてみせると、怜生は優しい顔でこう言った。



「友達になってくれるんでしょ?絵麻」



「なります!もうずるい!」



私は、怜生の左腕にしっかり絡みついて溢れる喜びを伝えた。



怜生と向かう夜の街は、私が知っている居酒屋が並ぶ小汚い場所ではなく、妖艶なネオンライトの看板が光り、派手に着飾ったおしゃれな人が、店を出入りしている。



「知り合いの店があって、そこに何人か友達がいるんだ。絵麻を紹介したいんだけど良い?」



「え?あ、うん。もちろん。ごめん、雰囲気に飲み込まれないようにするのが精一杯で」



「ははっ。怖い人とかいないから大丈夫。でもはぐれないでね」



しばらく歩くと、怜生は地下に向かう階段を降りた。
上から覗くと、ドアの前でトルコ調の照明が一つ七色に光っている。



「絵麻、おいで」



下から呼ばれ、私はゆっくり階段を降りてドアの前に立った。



怜生がドアを開くと、そこはまた見たことのない不思議な空間が広がっていた。



薄暗い店内に、ステンドグラスの窓が照明でキラキラと反射して、トルコ調の照明達と一緒に部屋を照らしている。
カウンター席は四つ、テーブル席が五つ。
私達の他にもお客さんはいるようだ。



「怜生!珍しいじゃんそっちで来るなんて」



私達に声をかけてきたのは奥のテーブル席にいた二人組の男女。



「可愛い子におねだりされたからさ」



怜生に少し背中を押されて前に出ると、二人の目線が怜生から私へと移る。
緊張で身体が強ばっていくのがわかった。



「確かに・・・すんごい綺麗な子。名前は?あ、俺はミズキ。こっちはミク。よろしくね」



「あ、小鳥絵麻です。お願いします」



「おどり?どうやって書くの?」



「小さいに鳥です」



「へぇ、ことりちゃんじゃん!よろしくね、ことりちゃん」



「はい」



あの人と同じ呼び方をされてるのに、何とも思わないのは、やっぱり好き嫌いがないからなのだろうか?



優しく手を差し出してくれたミズキという人は、黒髪の綺麗なボブカットに青色のレンズが入ったサングラスをかけている。
その隣に座る女性は、長いまつ毛とぱっちりとした二重の大きな目、長い黒髪は細かいパーマがかかっていて、着物と洋装が混ざったデザインの服を着ていた。



「ふーん。怜生にしては良い子連れてきたじゃん」



「でしょ?ミクも絶対気に入ると思ったんだ」



「ミクさん・・・綺麗」



本当に、怜生とはまた違う類の美を放つ彼女があまりにも眩しくて、思わず口にしてしまって、慌てて一歩引いて自分の口を両手で塞いだ。



怖い顔をしていたミクさんの顔がみるみる赤くなって、彼女も自分の顔を両手で隠しながら、ミズキさんを叩いていた。



「ちょっとミク痛い。ごめんな、こいつクールぶってるけど、超照れ屋で口下手なだけだから、誤解されやすいけど仲良くしてやって」



「ミクさん・・・可愛い」



「もう!ちょっと黙って!怜生!笑ってないで何とかしなさいこの子!」



「ごめん。慣れて」



私が少しミクさんに近づいて挨拶の握手をしようと手を伸ばすと、顔を隠したまま彼女は握手をしてくれた。



「それで、二人、どうかな?絵麻でやるのは」



「そうだな。怜生でやりたかったけど、ことりちゃんなら問題ないな。どう?ミク」



「うん。私も良いと思う」



「じゃあ決まりだね」



三人の会話に全くついていけない私は、ジンジャーエールを飲みながら頭をフル回転させていた。
が、分からない。
そんな話、したっけ?



「ん?ん?ちょっと待ってください。私、何かやるの?」



ミクさんがカクテルの入ったグラスを勢い良く置いて、怜生の方へ身を乗り出す。



「ちょっと怜生、あんたまた何も説明しないで連れてきたの?」



「え?ああ、言ってなかったっけ」



「もう毎度毎度信じらんない」


ミクは椅子に座り直して、頬杖をついた。
ミズキが呆れたため息をこぼして説明してくれた。



「僕達三人は小学校からの幼馴染で、怜生はデザイン、ミクは服飾、俺はヘアメイクをやってるんだけど、今度ミクが服飾のコンテストに挑戦する事になって、モデルを探してたんだ。で、怜生にお願いしようと思ったんだけど、人前で女にはならないの一点張りでさ、んで、君がここに来たわけ」



「つまり、私にそのモデルをやれと・・・いやいやいやいや無理!」



隣の怜生の腕を引っ張って拒否をするも、怜生はただただ笑っているだけだった。
黙って説明を聞いていたミクが、今度は私の方へ身を乗り出し、私の両手を取った。



「絵麻ちゃん。私、女を見る目だけは厳しいのね」



「それは・・・」



何となくわかる。



「でも、あなたならいける。って初めて思った。あなたじゃなきゃ無理。お願い」



「うっ・・・」



ミクの圧に怯みそうになる。
そんな私を見兼ねて、ミズキがミクを一旦引き剥がし、違う提案をした。



「ミク、まずお前の服のデザイン見せてやったら?」



「確かに。ちょっと待って」



ミクは鞄から取り出したパソコンを開いて、私に画面を向けた。
それを見た瞬間、私は怜生のアトリエに入った時と同じ感覚になって、画面の中のデザイン画に惹き込まれていった。



「うわあ…」



今ミクが着ているデザインをもっと複雑に、もっと派手にしたドレスだった。



「私、着物が大好きで、でもドレスも大好きで、どっちかを諦めるって出来なくてさ。くっつけちゃおって思ってこんな感じになったの。まだ上手く作れるか分からないけど、絵麻ちゃんの雰囲気に合うと思うんだ。妖艶だけど、品があって。イメージにピッタリなの」



「やる」



「え?」



頭で考えるより先に、答えが出ていた。



「私、やる。モデル」



「ほ、本当?」



「うん。ミクさんの服、着たいもん私。もちろん、着るだけじゃないって分かってるけど、私が着てこのお洋服が有名になれるなら、やる!」



「絵麻ちゃん・・・」



「流石、絵麻」



「決まりだな」



ミクが私に抱きついてありがとうを連呼した。
怜生とミズキは嬉しそうに乾杯をして、笑っている。



「じゃあ早速、コンテストまであと三か月。スピードアップすんぞ」



ミズキがカクテルを飲み干して声を上げた。



「え、え、三か月!?」



「そうなの。いやあ、助かったわ。採寸しなくちゃだから、絵麻ちゃん明日空いてる?」


ミクはパソコンにスケジュールを打っていく。
長いネイルがキーボードの音と一緒にパチパチと音を鳴らした。



「う、あ、はい!空いてます」



「OK。怜生は装飾のデザイン、ミズキは私の手伝いよろしく」



「「うい」」



何だか分からないけれど、サークルのミーティングにはないスピード感と、全員が一つに向かっている感じが新鮮で、私は湧き上がってくる気持ちを抑えるので精一杯だった。



ミクがスケジュールを打ち終えてパソコンを閉じたのを合図に、三人が立ち上がった。
そして、怜生は優しく私の手を引いて立ち上がらせ、口を開いた。



「では、改めまして」



「え?」



「「「よろしくお願いします」」」



三人が深々と頭を下げる。



「こちらこそ!よろしくお願いします!」



三人と別れて、家に帰ってからは、まだ夢の中にいるような気持ちで、眠れない夜を過ごした。
今日は、怜生という新しい世界と出会って、新しい自分と出会えた。



明日から、新しいのまたその先へ、私は進んで行く。



少し甘く、でも刺激的な扉を開けて。



次回ep.5 涙の味

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