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決戦は日曜日 #月刊撚り糸

『だからさあ……』
 スマホの画面越しに、ソラがため息をついた。
『お金で解決するっていうの? なんか愛が無いよ、レミのやり方』
 ため息をつきたいのはこっちだ。何回説明すれば分かってくれるんだろう。親友とはいえ、こんなことで真夜中に1時間以上も議論するとは思わなかった。

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『あたし、今回のバレンタインは特に腕をふるっちゃうもんね〜』

 チョコレート、誰にあげる?……なんてこの時期ありがちな話題で。

「ソラの彼氏は毎年しあわせだねぇ」
『あ、アイツとは別れた』
「えっ? つい先月、付き合って3周年だイエーイって超自慢してたじゃん」
『やっぱ大学2年にもなると、高校時代とは価値観変わるよね』
「はあ」
『今いいと思ってるのはユウ君』
「はあっ? 同じゼミの?」
『そうそう。こないだノート貸したんだけどね、お礼にマック奢ってくれてさ、なんか脈アリかなあって……』
「おいおいおいおいちょっと待てい!」

……あげる相手が被るっていうのもまあ、よくある話。

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「お金と愛が対極にあるっていう考えがそもそも古いと思わない?」
 
 私は自分の意見をもう一度ていねいに噛み砕く。

「手作りが愛情の証明って、今の時代に合わないよ。昭和かって感じ。時間が無い人とか料理が苦手な人間にだって愛はあるし、その表し方は自由なはずでしょ?」
『っていうかそれ、料理がヘタな言い訳じゃん』

 人が、下手に、出ていれば……っ!
 この発言には我慢できない。

「そもそもよ」

 論破してやる。遠慮なんかしない。

「手作りって要は、人にあげるものにお金かけたくないってことでしょ」
『うわっ、その言い方ひどくない? 傷つく〜』

 泣き真似ならもっとうまくやりなよ。寝る前で落ちるマスカラも無いんだから。

「化粧道具にお金は出せても、好きな人にあげるチョコレートには出せません? ソラのユウ君への想いなんて、その程度のもんなんじゃない?」
『スッピンで人前に出れる顔のレミには分かんないよ。小さい頃からブスブス言われてきたあたしが前向きになれたのはメイクのおかげなんだから』
「ちょっと話逸らさないでよ。結局ユウ君へのプレゼントより自分へのご褒美が大事なんでしょ?」
『優先順位ってあるじゃん。お金が無い中で頑張ってやりくりしてるって言ってよ。わざわざ言うことじゃないから黙ってたけど、服はほとんど中古なんだからね。フリマアプリでせっせと売り買いしてさ。大変なんだから』

 それは知らなかった。意外な苦労だけど、だからって容赦しない。

「私だって裕福じゃないよ。けど、贈り物って特別じゃない? まして自分の本気を表そうって時は特に」
『でも、レミが買ったっていう一粒5千円の高級チョコだって逆にドン引きだと思うよ』

 は? 出会った日から彼のことをずっと好きだったあたしの想いをバカにするわけ? 彼を意識し始めてたかだか1か月のあんたが?

「あたしは去年からずっと、この日のために一所懸命バイトして貯金してきたの! ソラの手作りの手間に相当する苦労してるもんね」

 ああ、なんか論拠が弱い。もっと強く出ないと……

『もうさ、ユウ君本人に決めてもらお?』
「えっ?」
『あたし達のどっちが正しいか、二人同時にチョコ渡して、選ばれた方の勝ちにしよ?』

 確かにそれが分かりやすい。けど……もし、ソラの手作りが選ばれたら……? あたしの約1年の想いが否定されるような気がする。

『怖いの? やめとく?』
「ま、まさか……やるよ! 14日のお昼に、3人で待ち合わせでいい?」
『オッケー。負けないから!』
「あ、あたしだって!」
 
 私は平静を装って電話を切った。

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 そして、決戦の日曜日。私達はゼミ室に集合した。
 
「えーと、レミちゃんとソラちゃんのチョコ、どっちかひとつ選べばいいってこと?」

 私達が頷くと、ユウ君は腕を組んで黙り込んでしまった。無理もない。どちらを選んでどちらを振っても、今後のゼミでの関係はあと2年続く。

 長い。沈黙が長い。10分くらい黙ってるんじゃない?……と思ったら1分も経ってなかった。ああもう! 心臓はち切れるわ。ねえ、ユウ君、どうなの? 

「うん、決めた」

 彼が顔を上げた。

 待ちわびた、その答えは……

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「ねえレミ、あの夜の喧嘩って何だったんだろ」

 柄にもなく、夕暮れ時の河原で、私の横に座ったソラが深くため息をついた。

「まあ、身も蓋もない話だったよね」

 それぐらいしか、言いようが無い。

「まさか私とソラのどっちも選ばれないとはねえ」

 そう、予想外の結末。ユウ君が選んだのは……

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「俺、甘いの苦手でさ。今日もこれから隣のゼミのアイちゃんとマックの山盛りポテト食べに行くんだ。一緒に行く?」

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「チョコ、嫌いだったんだね」

 盲点だった。この大イベントのキーアイテム・チョコレートが全くの無力というか、マイナス要素だったとは。

「あたしもレミも、ユウ君のこと何もわかってなかったね」
「ぽっと出のアイちゃんとかいう子の方がよーくわかってたね……」
「うん」

 ソラの目に大粒の真珠が光っている。泣きたいのは私も同じだけど、なんか悔しいから、上を向いて堪える。一番星が綺麗だ。

 ふと思い立って、私は手元に残った小箱をソラに手渡した。

「《手作りチョコ》食べる?」

 軽蔑されるかな。それでもいい。本当は私の負けだったんだから、潔く手の内を明かそう。

 ソラは無表情で箱を受け取り、代わりに小さな飴玉をくれた。と思ったけど、よく見たら飴じゃない。

「ゴディバ?」

「うん」

 お互い、信念を曲げた。自信の無さを相手の真似で誤魔化した。これは当然の結果だったんだろう。

 ま、ユウ君への恋は失ったけど、ソラとの友情は深まった……と思いたい。そうじゃなきゃやってられない。

 家に置きっぱなしのピエール・マルコリーニを食べて、自分を慰めたら前に進もう。

 次に恋する時には、もっと自分を信じてあげたいな。

おわり

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