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人質の格差社会-人的ストレスを最小限にしたい

この頃、人による常識や価値観や選択の違いに大きな差を感じるので、こんなタイトルの話を書こうと思います。

最近私のとても信頼している人に

「自分の軸がブレやすすぎる。何故自分で判断できるだけの目利きができるはずなのに誰かの言葉に惑わされているんだ」

と言われてしまいました。

確かにその通りで、私は昔から誰かに何か言われると、その意見が間違っていると感じていたとしても、偏った見方だと感じても、
一度は信じかけてしまうことが多々ありました。

この癖は思い返すとことあるごとに、何かを選択して残念な結果になった時には「だから、私が言ったでしょ」と母親に言われていたことが根にあると思います。


それはともかく、自分の感覚はいつでも大事にしなければいけません。

何故かというと、「第1感」という本を教えてもらったのですが、
最初に感じたことは必ず当たるということです。

実際思い返せば最初の違和感が現実になったことがたくさんあるのではないでしょうか?

自分の判断軸のフィルターであるその勘を養い、理性的に判断することで少なくとも理不尽で意味の分からない困難は無くなると思います。

自分へのメッセージとして残しておくつもりで纏めます。


自分のフィルター(判断軸)がブレているとどんな選択もミスる


まず、自分に自信がないあまりに大変大きなミスをすることがあります。

他人を誰かれ構わず信じてしまうことです。

自分の判断軸が無い人=自分に自信が無い・鬱など冷静に考えられない、状態の人は、間違っても今大きな決断をしてはいけません。失敗します。

判断できない時は無理やり判断する必要はなくて、落ち着いて冷静に考えられるようになってから判断することが大事です。

また、それでも何か決めなければいけない場合は、運が良さそうな人(いろんなことが上手く行ってて、トラブルが少なく、楽しそうな人)に助言してもらえばいいと思います。

そこで詐欺師や誰の何の根拠があるのか分からない助言を聞いて間違います。


自分の判断軸が無い状態になると、どんな良いことも悪いこともスポンジのように吸収して雑念が抜けなくなりしんどくなってしまいます。

むしろ鬱の人は、この雑念が自分の許容量より溢れてしまって起こります。何を信じればいいのか、何を捨てて何を取ればいいのかが見えなくなってしまうので、自分の本心から大きく外れた行動は続けないように注意した方が良いでしょう。


フィルター(判断軸)を磨くとは


フィルターは自分の欲しい情報・人・環境以外のゴミを取り除くものです。

自分にとって必要か不要かを判断して、さっさと余分な容量を食わないように整理しておく必要があります。

現状を変えたいなら環境を変えろとか、付き合う人を変えろとか聞きますが、正に自分のフィルターに掛けて、必要な人か不要な人かを分けていきます。

このフィルターは自分が作った判断基準や、根本的に持ち合わせた感覚(天性)のもので、自分の本音のようなものです。
当然これがおかしいとか、本音が分からなくなっていると周りに変な人ばかり残してしまうので、人的トラブルが発生しやすくなってしまいます。

しかも、このフィルターは使わないと精度が落ちます。
手入れの行き届いてない鏡のように曇って何が必要なのか、要らないのかが見えなくなってしまいます。

だから、新しいものに出会った時にフィルターにかかるゴミが何なのかを確認して検証を繰り返すことが大事です。


付き合う人を変える、運のいい人の思考に変える


昔自己啓発系のセミナーに行った時も、結局【環境と人間関係と言葉を変えろ】と言われましたが、その通りで、
自分を取り巻く環境が良いように変われば、実際に運のいい人が集まります。

少なくとも運のいい人は「誰かに助けてもらおう」という感覚では生きていません。
運の悪い人は逆に「欲しい、欲しい」と言っています。

欠乏している何かを他人から奪うことからスタートしているので人が遠ざかる上に、奪い合う相手しか一緒にいられないからです。

実際私の周りには他人の自信や成功を奪おうとする人や、誰かからの思い込みで「自分にはこれが無い、あれが無い」と無いものに敏感な人が多かったです。

そういう人の中にいると自分の至らないところや失敗を攻撃されるので、同じように欠乏しているところに視点が向くようになります。


また、生きていればいろんなトラブルは起こりますが、運のいい人は因果について的確に判断しているので失敗が少ないのです。

失敗する人は根拠のない噂やデマの情報に踊らされます。
運のいい人はそれについてよく分かっている人から聞いたり、確実な情報を信じます。

そもそも料理が下手な人から「こうやって作るとおいしくできるんだよ~」と教えられたことを鵜呑みにして実践したら、きっと失敗します。

結局どこの、誰の、どういう時の情報なのかを全く理解せず聞いても、やっぱり失敗するでしょう。


さらに、運のいい人は無駄な衝突を避けるので、価値観や思考が合わない人とは黙って距離を置きます。

でも運の悪い人は、衝突すると分かっていながら一緒に居続けて、お互いに攻撃し合って疲弊してしまったり、自信を失います。

不思議なことに、自分が欠乏の視点に立っていると、合わない人のことを好きになったり、一緒に居ようとしてしまったり、自分が傷つく方へ選択してしまう傾向があります。

冷静に考えれば一緒に居たところでマイナス(高め合わない・むしろ人間的にダメになる)しかないのに、連絡を取ってみたり、会う約束をしたり、連絡が来るからと相手をしてみたりしています。

自分の合わない人、そして自分にとってデメリットが多い人、特に感情的に振り回す人からは離れてください。

感情的な浮き沈みの沈んでいる時間が長いほど、自分のフィルターの精度は落ちます。

なので何か物事を判断する時、自分の望む方向への選択を間違ってしまうことになるでしょう。


私の解釈では、このフィルターが潜在意識であって、直観的に自分の思う方向へ判断してくれていると思います。


理性を失っている人は幸せになれない


例えば交通事故のように急に衝突されたり、貰い事故になることはあります。

自分のそばに明らかに車の運転が荒い人や、斜線を飛び越えてくる人がいたら、一旦避けて路肩で通りすぎるのを待ったり、別の道へ入ったりします。

それが理性ある人の対応です。

でも、怪しい車は避けるのに、怪しい環境や怪しい人は避けないなんておかしいですね。

自分にとって不安を感じる人や場所にいる必要は全く無いはずで、それを判断して、そういう人とは付き合ない、そういう環境からは抜け出すというだけのことです。

「人生は選択肢の連続だ」という言葉を聞いたことがありますが、
本当に自分の1つ1つの選択の積み重ねの結果として現状があると思えたなら、出来れば自分にとって積み上げたものを失う真似はしないと思います。

それが自分にとって回りまわって積みあがることならそれもありかもしれませんが。


人質格差


例えばウシジマくんの漫画に出てくる人は、どの人も信用できませんよね。
ウシジマくんが一番理性的に考えて、お客の判断を見越している感があります。

お客は大体、理性に乏しく、欠乏感や不安感が強く、簡単に情に流され、自分に都合よく何でも解釈してしまいがちな人ばかりです。

既に書いたように、理性の無い人が幸せになろうと思っても、欠乏感や不安感、他人の思惑や感情にすぐ流されてしまって、自分の軸がブレブレだから無理なんです。


そして、物は買えば手に入りますし、環境もお金があれば手に入りますが、一番大事な人との関係はお金でどうにかなるものではありません。

むしろ一番人生の肝かもしれない人間関係に対して疎かにしたり、関わりたくない人と付き合ったり、一緒に居るのに攻撃し合ったり、容赦ない喧嘩をするのは問題だと思います。

偶には行き違いや思い違い、考え方の違いでぶつかり合うこともあるかもしれませんが、身近な人との関わり合いでいい加減な人はやっぱりいい加減な人しか寄ってきません。

合わない人とストレスを溜めながら暮らせば勿論自分がダメになります。

そうやって類は友を呼ぶの言葉通り、似た人しか心地よく居られないのです。


ただどういった関係を理想とするのかは、本当に人によって違います。

頑張ってもこういう関係しか作れないだろうと思う人はそこが限界点になるでしょう。

だから自分の理想の形を考えながら日々誰かとの関係を積み重ねていく必要があるのです。



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