見出し画像

母の日、家族の話


先日、コンサートのために東京にいる兄の家へ数泊した。
えぐいほどよかったコンサートレポはこちら↓

とつぜんだがわたしの兄は、わたしと父がちがう。母の連れ子なのか、また別のなにかなのか、詳しいことはよく知らない。
わたしは2つ下の弟が持ってきた「A型とAB型からはO型が生まれないらしい」というコソコソ話でしか彼と半分しか血が繋がっていないことを知らないし、彼や両親が、このことをわたしが知っていることを知ってるかも知らない。
おもえば、父と兄はどこか他人行儀だった。兄はわたしより10歳年上だったから、大人に近いこどもと大人の親子関係ってこうなのかなあくらいにしか思っていなかった。
あのころの父はきっと、お父さんになろうとしていたんだと思う。何度か兄に対して怒っているところを見たし、ちゃんと喧嘩もしていた。けど兄はずっと、どこか遠くにいた。怒られているとき、喧嘩しているとき、兄の目にはなにかが孕んでいた。それがなんだったのかはいまになってもわからないけど、きっと血縁ではないことが関係しているんだろうな、と思う。

兄は大学入学と同時に東京へ行き、東京で就職し、それからすこしして我が家へ帰ってきた。わたしが中学三年生くらいのときだったと思う。
あこがれだった。物心ついてから会う回数が少なかった分「遠い親戚のすごい人」みたいな位置に兄はいた。
母は、兄のわがままをよく聞いた。ひさしぶりに帰ってきた兄がうれしいのか、無理なお願いもあたりまえのように了承した。そのたびに兄のカリスマ性と長男であることの特権を見ていた。
父は、兄と酒を飲むときにとても楽しそうにした。酒に強い兄と酒に弱い父は、やっぱり似ていなかった。いろいろと知ってしまってから、兄に話しかけに行く父が健気に思えてしかたなかった。

兄は、わたしの進路をいつだって「いいんじゃね」と言った。小説を書いていることを馬鹿にしなかった。良い大学に行けとも言わなかった。それどころか「ぜったい小説家になれよ」と言ってきたりした。
相談することや誰かを頼ることが苦手なわたしにとって、手持ち無沙汰にわたしを応援してくれる兄に何度か救われた。
そんな兄は、数年前なにも言わず実家を出て行った。兄が実家を出て行くのを唯一見たのはわたしだった。大きなトランクケースを持って玄関に立っていた兄に「どっか行くん?」と聞いた。
「うん、ちょっとなー」とだけ言って、彼はまた東京に行ってしまった。
あれからしばらく、彼は実家へ帰っていない。


東京の兄の家に泊まって数日目、酔っぱらった兄に促されて弟に電話をかけた。偶然両親といたらしく、数年振りに家族全員で電話をした。
父は、ちょっと笑ったりするだけで直接話に入ってはこなかった。
兄は「いまの仕事をやめようと思っている」と母に言った。自分はわりとできるほうで、昇進コースに乗っているけどこの先は決まった場所しかない、それが嫌だ、と言った。
兄はむかしからそうだった。たとえるなら、リレー競技で前の選手を追いかけるのは大得意だけど1位と並んだ瞬間いっきにやる気がなくなるような、そんなタイプなのだ。
わたしもどちらかといえばそっちタイプなので兄の言い分には納得したし、それが兄の人生なんだからべつにいいんじゃないか、と思っていた。
だけど、電話越しの母はすぐ「なんでね!せっかくなんじゃけえ上まで行きんさいや!」と言った。兄の性質を知っているはずなのに続けなさいと言う母にすこし驚いた。
いつだってわたしを肯定してくれる兄は、母から肯定されることはないんだ。たぶん彼が親だと思っている唯一の人なのに、肯定されないんだ。兄は笑いながら「いや、やめますやめます」と繰り返した。

高校生のとき、進路のことで母とすこし口論したことを思い出す。口論、といってもわたしはすぐ泣いてしまって意見を言えないから、母の言い分を泣きながら聞くだけの時間だった。
記憶力がないからどんな話で泣いてしまったかは覚えていない。けど、産んで育ててもらった母とはいえわたしとまったく考えがちがうところもあるんだな、と知ったときだった。

母は、親は、所詮自分ではない人だ。
わかってもらえるわけなんてないのだ。だけど、こどもはわかってほしいと思って自分の思っていることを言ってしまう。かなしいなあ、と思う。血がつながっているだけでそれだけ大きな信頼を投げちゃうのだから。きっと兄もそうなんだと思う。だから、肯定されないとわかっていても自分のやることを相談しちゃうのだ。

勘違いしてほしくないのが、わたしは母がだいすきだ。マザコンレベルで。というか、家族がだいすきだ。
血がつながっているから好きなのか、ずっと一緒に過ごしてきたから好きなのかはわからない。だけど、人生の半分いっしょにいなかった兄もだいすきなので、一緒に過ごした年数はあまり関係ないのかもしれない。
意外と我が家は、いろんなことがある家族なのだ。笑って語れないような話も、頭がこんがらがるようなぐちゃぐちゃな話も持っている。けど、家族ってきっとそんなもんだ。

大学の卒業制作で、家族をテーマに小説を書く。血のつながっていない兄と、血がつながっている弟。真ん中にいる主人公。なにをもって家族とするのか、というものがテーマの小説だ。たぶん。まだ企画段階だから変わるかもしれない。だけどわたしは、この目で見てきた自分の家族を大学の集大成として選んだ。
できることなら、兄と両親がもう一度直接話す理由になればいいと思う。

お母さん、兄を産んでくれてありがとう。父と結婚してくれてありがとう。弟を産んでくれてありがとう。わたしをこの家族にしてくれてありがとう。
わたしははやく、母さんのからあげが食べたいです。


おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?