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文学さんぽ「新美南吉記念館」編

新美南吉記念館とは?

 教科書でお馴染みの「ごんぎつね」、ほっこり優しい気持ちになる「手袋を買いに」の作者・新美南吉の出身地である、愛知県半田市岩滑に建てられた文学館です。
 TOP画像の外観を見ても分かるように、この記念館、非常に珍しいデザインで、芝生の広場を活かした半地下の設計なんですよ。素敵!
 なので、中もスロープ状に高低差があり、天井の高い開放的な空間になっています。(そのため、車椅子など足の不自由な方お一人でのご観覧は、傾斜のある地面に少し苦労するかもですが、基本的に階段もあるけど迂回出来るのでバリアフリーですし、ボランティアスタッフさんも多くおられるので安心です)
新美南吉記念館 (nankichi.gr.jp)

記念館は、ごんぎつねの中に出てくる「中山さまのお城」の場所に建てられています。
スーツ姿のかわいいきつねがお迎えしてくれる。
館内外のいたるところにきつねがいるので、探すのも楽しい。
「手袋を買いに」の子ぎつねさん。入り口の隙間を覗くと……?
図書閲覧室でこの子の名前が発覚!ごん吉くん、かわいいね。
閲覧室。子どものためのスペースが広いのも、南吉記念館らしい配慮。

 順路が黄色い足跡に沿って歩いていくという演出なのもいいですね。(緑の足跡は図書閲覧室に繋がっています)
 子ども用の解説パネルや、缶バッヂが創れるワークショップ、きつねと一緒に写真が撮れるフォトスポットなど、親子で来ても楽しめる文学館です。
 開館時間も9:30~17:30と長めなのも、私のように一日じゃ足りない人間には嬉しいし、どこでも車で行く人間なので、併設された無料駐車場が広いのも有難い~!
 これで、入館料:大人220円とか、ホント嘘みたいですね。(安ぶぅ)

新美南吉ってどんな人?

常設展入口にいる南吉せんせい。突然いるので初見だとびっくりするw

 「ごんぎつね」は小学四年生の国語の教科書に採用され続けているので、間違いなく国民的作家のひとりですが、同じく教科書遭遇率の高い、漱石、芥川、太宰、ほどは、作家自身の事は知られていない気がします。(出会うのが早すぎるんですよね……)
 かくいう私も、新美南吉先生(以下、南吉。敬称略)が愛知出身の作家だという事を知ったのは、こちらの記念館が愛知にあることを知った時でした。

以下、略歴。

一番有名な写真が坊主頭(雑誌『別冊太陽』の表紙とか)なので、その印象が強い。

 新美南吉。本名:新美(渡辺)正八。
 1913年(大正2年)7月30日、現在の、愛知県半田市岩滑中町(戸籍上の出生地は半田市新生町)に、渡辺家の次男として生まれる。(名前は、生後間もなく夭折した長男の名前をそのまま引き継いだ)
 4歳の時に母・りゑが29歳の若さで病没。8歳の時、母方の祖母(りゑの継母)と養子縁組し、新美正八となるが、祖母との暮らしがうまくいかず、新美姓のまま父の元に戻る。
 身体こそ強くは無かったが、成績優秀で、教師からは将来は小説家と期待される。実際に14歳の頃には童謡や童話を創作するようになっており、16歳の頃には雑誌への投稿を盛んに行い、掲載されるようになる。また、同人誌『オリオン』を発行し、その頃からP.Nに「南吉」を使いはじめる。
 18歳で、岡崎師範学校を受験するも、身体的理由から不合格となり、母校の半田第二尋常小学校の代用教員となる。
 代用教員時代に、雑誌『赤い鳥』の復刊を知り、童話や童謡を次々に投稿し、「正坊とクロ」などが掲載される。その頃、生徒たちに聞かせていた童話のひとつを形にしたものが「権狐」で、鈴木三重吉の手直しが入った形の「ごん狐」として掲載される。(現在、広く知られているのは後者の<発表形>。筋は変わらないが、文章の多くが変更され、特に冒頭の大幅削除、ラストの演出の変更が有名で、現在でもファンの間で賛否が分かれている)
 『赤い鳥』への掲載を切欠に、北原白秋と、白秋門下で、のちに遺稿を託すことになる兄弟子、巽聖歌とも出会う。
 21歳の時「宮沢賢治友の会」に参加。その九日後、初めての喀血。(南吉は生涯、面識のない賢治を敬愛し続けたというが、そこには童話作家同士という尊敬を超えた人間としての尊敬もあったのかもしれない)
 24歳、恩師の計らいで安城高等女学校の正教員となり、経済的にも精神的にも安定する。
 しかし、27歳、結婚を考えていた中山ちゑが旅行先で急死。
 28歳、学習社の依頼原稿(『良寛物語 手毬と鉢の子』として出版)の無理がたたって、弟宛てに遺言状を書くほどに大きく体調を崩し、その年の暮れには血尿が出るようになる。
 29歳、腎臓を患い、通院しながら教員を続け、4年間担任した生徒たちの卒業を見送る。3月以降、怒涛の勢いで童話を制作し、発表。10月には、第一童話集『おぢいさんのランプ』を有光社から出版。
 年明け1月に病状悪化。2月に長期欠勤の為、安城高等女学校退職。病と闘いながら病床で書いた未発表作を、巽聖歌に送り、死後の出版を依頼。
 1943年(昭和18年)3月22日午前8時15分、咽頭結核のため永眠。
 託された原稿は、同年9月に第二童話集『牛をつないだ椿の木』、第三童話集『花のき村と盗人たち』として出版される。

2023年は、7月30日に生誕110周年を迎える記念イヤーです!
このキャッチコピーは、「泉」(B)という詩からとられたもの。

 近代の童話作家に、薄命のイメージがあるのは、間違いなく賢治と南吉の二大巨塔によるところが大きいですよね。(小川未明は79歳没ですが)

 我が母も我が叔父もみな夭死せし 我もまた三十をこえじと思うよ
という、短歌を残しているのがまた切ないです。
 初めて喀血する二ヶ月ほど前の、昭和8年12月6日の日記には、
 死ぬのは嫌だ。生きていたい。本が読みたい。創作がしたい。
 遺言状を書くまでに体調を悪化させた頃の、昭和16年1月21日の日記には、
 私の傍から神様が逃亡する。神様の逃亡。
と、書き残されており、常に自分の運命を見つめながらの執筆だったことがわかります。
 死を覚悟した晩年に、ものすごい勢いで童話を書き上げ、第一童話集を出版し、兄弟子に未発表作の出版を託した後、「はやく童話集がみたい。今はそのことばかり考えている。」と書いたはがきを巽宛に送っています。
 それが叶うことなく、二週間後に南吉は亡くなるのですね……。

 個人的には、テクストと作家の実人生は別物として考える方で、物語はあくまで作家の創作物であり、物語に書かれたことは事実とイコールでは無いし、作家の考えともイコールではないので、書かれたこと全てを鵜呑みにするべきではないとは思いますが、だからといって、作品と実人生が全く切り離されたものだとも思えません。
 こうした背景で書かれたことを知ることで、物語の文脈も変わる。それが作品の新たな水脈を掘り起こすことにも繋がると思います。
 晩年である昭和17年4月9日の日記にも、こうあります。
「ぼくは井戸である。ぼくをとおして水は浄化され、ふきだす」
 また、生誕110周年のキャッチコピーに使用された、「泉」(B)の詩には、
「さあ この泉を汲んでくれ もろ手を出してすくつてくれ」
と、あるように、南吉作品から湧き上がる、冷たく澄んだ水をすくいあげたいですね。
作品リンク: 泉〈B〉 - Wikisource

常設展の感想など。

 (宮沢賢治記念館にもニ度行ったことがあり、小説の資料に色々調べたことがあるので、賢治との比較が多くなりますが、どちらも好きです)

 二人は短命だっただけでなく、他にも生涯独身だったり、詩人という一面があったり、共通点は沢山ありますが、教員時代に生徒に童話を聞かせていたり、お兄ちゃん(南吉は次男ですが実質長兄)ってところが、童話作家らしい共通点だなぁと個人的には思います。
 ただ、共通点の多い二人の書く童話が、別に似ている訳ではないのも面白いです。
 地元の名称や文化をためらいなく全国区の雑誌に投稿する作品に使ったりする郷土愛的な部分や、動物を人間の子どものように擬人化して親しみやすくする手腕、でも決してファンタジーとしていい加減に描写するのではなく、ちゃんと現実の動植物の生態を調べた上で入れ込むという拘りなんかは、賢治にも南吉にも共通して見られる部分なのですが、賢治の場合は描きたいのはその世界そのものであるように(私には)思えるのに対して、南吉の場合は、そういったこだわりの舞台装置を使用するけれど、それは作品のリアリティや、作品を通して伝えたいことに説得力を持たせるため、というように感じました。
 賢治の童話は、あの独特の世界観を感じて楽しい反面、伝わりにくい部分も多々(造語も多いですし)ありますが、南吉の童話は、地元の舞台装置を使って描かれていても、起承転結がしっかりしていて、伝えたいことが明確な為、子どもにも易しいように思います。(賢治童話は、謎の造語やオノマトペを分からないまま楽しむという楽しみ方があるので、どちらが上とかそういう話ではないです)
 その違いは作品はもちろん、日記などに残された、考え方、生き方からも感じられます。常設展に展示された日記の抜粋パネルや、デジタル資料コーナーで閲覧できる日記などから知る南吉像は、作品に色濃く反映されているように思われます。
 特に晩年の作品は、こういうものが書きたいという強い意志のもと制作されているためか、人生や運命に対する考え方、人間のもつ二面性への失望と希望などが伺えるものが多い印象でした。
 「手袋を買いに」の最後、お母さん狐の台詞に「ほんとうに人間はいいものかしら。ほんとうに人間はいいものかしら」とあります。二回の繰り返しによって、迷い、揺れている様子が見事に表現されたラストです。
 「ごん狐」のごんも、悪戯もするけど、ちゃんと反省もする。でも、それが神様のおかげと思われたら神様に嫉妬したりしてしまう。そこに人間臭い揺れがある。
 どんな人間にも悪い面と良い面があり、時としてどちらにでも傾く。それは、意思の弱さや欲という本人の自発的な理由だけでなく、時代や生活環境、偶然や運命による、本人の意志ではままならない事情によるところもある。そういう視点を持つ作家が書いた物語だということを、日記や文学論を知ると、作品がより面白く読める。
 コチラの常設展は、作品のジオラマや作品に出てくる道具などの展示も大きな見所のひとつですが、個人的には、新美南吉の作品と作家を繋いでくれる解説パネルが一番の見所だと思います。南吉ミリしら状態で行っても、「ああ、だからあの作品なんだ……」っていう繋がりを感じさせてくれる展示解説というか。
 作家の事が知りたい! とか、作品のファンで! とかいう人はもちろん、私のように資料を見てひとつの作品をゴリゴリ掘り下げていくのが好きなタイプの人間には、こういう展示がめちゃくちゃ親切なんですよね。(どこから掘ろうかを絞りやすいので)しかも、その解説をさらに詳しくしたものが、図録で買えるんだから、感謝しかないですよ。(他館の図録では、展示より簡易化・省略されていることもあるのです)自他ともに認める鳥頭の私には、持って帰れる資料大事……。
 でも、図録や企画展の配布資料も重要ですが、あくまで記念館で感じたことのおさらいや再考のために重要なのであって、まずは現地で見たり聞いたり読んだりして、体感したことが一番大事だと思います。

 新美南吉記念館は、そういった意味では、視覚的にも印象に残りやすく、空間も面白い設計で、体で感じる文学施設という要素が強いので、ファンの方だけでなく、「ごんぎつね」しか知らない方でも、ぜひ、一度は足を運んでいただきたい文学館です。

左:500円 右:1000円 という、研究資料の価格破壊に驚愕。

 余談ですが、↑の本は今回新たに買ったものですが、作品資料としてメチャクチャ優秀なのに、激安過ぎて値段を二度見したわ……。
 草稿「権狐」と発表形「ごん狐」の比較検討をガッツリやりたい人は、両方買って損ないし、右は草稿「権狐」の複写が(写真じゃないのが残念だけど)全ページ載っているという資料的な意味だけでなく、作品集としても有名なものを押さえてあるので普通に入門書としてもオススメの一冊。

おまけ:文学館めし「ごんの贈り物」編

 文学館巡り、もうひとつの醍醐味と言えば、文学館めし!
 新美南吉記念館併設のカフェ「ごんの贈り物」さんにもお邪魔しました。
 ミュージアムショップも兼ねている(図録などは入口で販売)ので、きつねグッズで溢れた店内……かわいい……目移りする……。
 普段、図録や本が中心で、グッズとかはお布施程度にしか買わない私もグッズだけで5000円超えました。それでも二度目なのと、おそらく来月も行くからと控えたほうよ……。
 バスツアーか何かで来られていた奥様たちも、万券飛ばしてらっしゃったから、みんなそうなるのよ。そういう場所なのよ、ここは。

今回の戦利品。ぬいぐるみは小銭入れになっている。1100円。やっすいな!

 カフェでは、コーヒー、紅茶の他に、オリジナルドリンクや、トースト、スイーツがワンコイン程度のお手頃価格で楽しめる。  
 今回頼んだのは、梅ソーダ(500円)と+150円で付けられる食べる甘酒

これで650円とか、夢のようなドリンクセット。

 梅ソーダは記念館の敷地内で採れた梅と、知多半島産はちみつとミツカンのリンゴ酢をブレンドしたシロップをソーダ割にした、暑い季節にぴったりのドリンク。近くに「ミツカンミュージアム」もあるし、地元食材が活かされたご当地感満載の一杯。
 この日、朝マックでソーセージエッグマフィンセットをキメたせいで、胃の中が重かったんですが、この一杯のおかげでスッキリ! 前日に明治村で歩き回った体も、梅の疲労回復効果で復活! なにより味がちゃんと梅の味が感じられて、美味しいのが一番嬉しい。梅好きな人は夏の間に飲んでほしい。(たぶん季節によってドリンク変わる)
 
 そして、食べる甘酒さ、キミね、150円で食べられていい味ではないよ……コンビニスイーツでももうちょっととりよるで?
 國盛の酒粕と甜菜糖で作った甘酒の上に、甘酒で甘みをつけたクリームをのせたデザート。ジャムは季節によって変わるらしいです。こちらも、「國盛 酒の文化館」が近くにあるので、ご当地食材のようですね。
 上のクリームはふんわりしたかるーい口あたりで、フレークとジャムによく合うし、下の甘酒も甘味が尖ってなくて、舌にすーっと馴染んでいく甘さ……しあわせ。どんぶりで食えるなって思うけど、このサイズだから丁度いいんだろうなとも思う。
 写真手前の豆菓子も優しい甘さで、ホロッと崩れる食感で美味しかった。
 次は、胃のコンディション整えて、甘酒クリームトースト(480円)をいただきたいです! ごちそうさまでした!

メニューのカバーにも。
デザートの下の紙ナプキンにも。
グラスにもごんがいたよ。


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