短編小説【庭】

2メートルほどの塀に囲われた50坪ぐらい庭。その中心にある小さい小屋が私の住まい。
私の仕事はこの庭の雑草を抜いたり手入れをすることだ。

週に2日ほど塀に直接埋め込まれた大きなポストに生活に必要な物資が届くが、それ以外に私はなんの変化がない生活。
本棚にある本と対話するだけが私の唯一のコミュニケーションだ。

毎日聞こえるのは風の音か雨の音か草木が揺れる音か鳥たちの鳴き声。

手には雑草を抜き続けて来たためにタコが出来ていた。タコを軽くひねると少し痛い。私は気が付くとタコをひねる癖があった。長年履きつぶした靴の底、踵の部分は穴が空いていてしまって歩くと冷たい地面を感じる。

毎日毎日庭の手入れをした。それが当然だと思ったし、当たり前だと思った。

ある時ポストを覗いて見るとポストに何かが押し込まれているようだった。新しい靴だ!新しい物がなかなか手に入らない私にとってこの時ほど楽しいことはない。

しかし、よく見るといつもと形が違う。私はその靴を引きずりだして見てびっくりした。踵の部分が細く長い。8センチほど棒状に高くなっている靴だったのだ。

なるほど、これはきっと長く履き続けても踵に穴が開かない便利な品物なのかな?そう思い、試しにその場で靴を履いてみた。

するとどうだろう、普通に立ったとしてもつま先立ち状態になる。

これで前かがみで庭仕事すると前に転んでしまうのではないか。長持ちするけどなんて使いづらい靴なのだろう。そう思っていた時、ふとあることを思い出してハッとした。

この靴、本で見たことがある。

歪な靴を脱ぎ小屋に戻ると片っ端から本をめくった。すると、「それ」はあった。本の挿絵に描かれたご婦人の靴は確かに踵が高く、送られてきた靴と同じ形をしていた。

私はびっくりした。なぜならここにある本の挿絵に描かれているものは全て空想上のものだと思っていたからだ。

実在するご婦人だとすると、本に描かれているものは全て本当にあるものなのか。

今まで庭仕事ばかりしていてなんの疑問も持たなかったが、急に色々と疑問が沸いてきた。私はいつからこの庭仕事をしているのだろうか。昨日、一昨日、その前、その前…。ゾッとした。覚えていない。

私は手のタコをギュッとつまんで庭を見た。当たり前のように見ていたこの庭、この塀の向こうは何があるのだろう。

胸のあたりがギュッとした。不安と好奇心が入り混じる今まで感じた事がない不思議な感覚がした。

踵が高い靴を履き、庭へ一歩、また一歩ゆっくりと歩いてあたりをゆっくり見回した。

見慣れた広い、広い庭、そして塀。草取りの時、塀までたどり着くとやっとここまで草取りが終えられたと、そこから引き返す為のターニングポイントでしかなかった。

その塀の向こう。一体何があるのだろうか。そもそも届けられる物資は誰かがポストに入れているのであろうか。私は一体なんなのだろうか。私は一体何をしているのだろうか。

「痛っ」

気が付くと私の手のタコは根元のところに亀裂が走り血がにじんでいた。ジンジンと痛みが増した。

私は水で血を流して、手当をした。履き慣れない靴のせいか、足にも違和感があった。

次の日。私は踵の高い靴の踵を3センチまで削って、新しい靴で庭仕事を始めた。

心地よい風と鳥の声。

「今日はあそこの塀まで草むしりをしよう」

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