見出し画像

『鈍色幻視行』恩田陸 書評#4

「必然性?」

今回は、恩田陸さんの小説『鈍色幻視行(にびいろげんしこう)』を紹介します。

あらすじ

主人公の蕗谷梢(ふきやこずえ)は小説家で、“呪われた小説”である『夜果つるところ』に関する作品を書こうとしています。小説とその著者である飯合梓(めしあいあずさ)について調べるため、関係者が集まるクルーズ船の旅に夫と共に参加し、そこで集まった人々の話に耳を傾けていく…というストーリーになっています。
集まった面々はとても個性的で一筋縄ではいかない人ばかり、そして再婚同士である夫の雅春の前妻についてのエピソードも飛び出し、どんどん恩田ワールドの魅力に取り憑かれていきます。

見どころ

『三月は深き紅の淵を』『麦の海に沈む果実』などの恩田陸作品を楽しんだ方は、きっとこの作品も好きだろうなと思う一冊です。もちろん筆者も三月シリーズのファンの1人です。恩田作品をよく知らない人でも、軽妙な会話の中に隠された意図や深まる謎がお好きな方にはお勧めしたいです。個性あふれるキャラクターたちの話のやり取りを、時には登場人物の1人になって、時には同じ船に乗り合わせた乗客の1人になって、時には部屋の隅にひっそりと佇む透明人間(それとも、幽霊?生霊?)になって聞いているような気持ちを味わえます。
作中に出てくる『夜果つるところ』も別の小説として刊行されていますので、可能ならそちらを読んだ後に『鈍色幻視行』を読まれるといいかなと思います。そうでないと、ところどころに出てくる描写を読むたび「実際どういう話なの?!」とやきもきする羽目になりそうです。
さらに、クルーズ船での旅という面でも楽しめました。豪華客船に乗ったことはないですし、今後も予定はなさそうな人生ですが、一緒に船に乗っているかのような感覚を味わえます。客室の落ち着き、広間のふかふした絨毯、豪華な図書室のわくわく、足の裏から伝わってくるゆったりした大きな揺れなどを、自分が体験したかのようでした。

感じたこと

個人的に、この作品では自分に投影とか教訓として、というような要素はなく、恩田ワールドにどっぷり浸かることができました。そもそも呪われた小説というテーマがなんだか良いし、『三月は深き紅の淵を』とは異なり題材になっている小説が別で発表されているという作りも良かったです。『夜果つるところ』単体でも小説としておもしろかったので、短めの時間で楽しみたいという方はそちらだけでもおすすめです。
船旅という非日常に自分も一緒に連れて行ってもらったような感覚になり、読後も「あの謎はどうだったんだろう?」「あれは結局なんだったっけ?」と船を降りてから考えているような不思議な読書体験でした。

まとめ

今回はかなり筆者の好みが押し出された書評になってしまいました。鈍色に輝く海の暗さを、飯合梓の亡霊を探す旅を、一緒に体験してくれる方がいれば嬉しいです。

※ヘッダーはbiwamatiさんからお借りしました


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?