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先週の今ごろは生きていたんだ

あたしは猫2匹と一緒に一軒家に住んでいる


1匹は以前実家で飼っていた猫
実家にいた他の猫にいじめられ
ガリガリになってきたので
当時飼い始めた2ヶ月の保護猫とろろ君とチェンジした。

もう1匹は近所のお家でお婆ちゃんに飼われていた子
そのお婆ちゃんが亡くなってしまい
飼いてを探されていた息子さん夫婦から預かることになった

あたしは彼を「おじさん」と呼ぶ


おじさんはあたしのことが大好きだ

掃除をしていても2階へ上がってもついてくる
あたしが見えるところで大きな巨漢のおじさんは
だらりと横になってジッと一点を見つめている

耳の片隅にあたしの気配を察知しているみたいに
あたしが移動すると小さく喉を鳴らし
「おいおい 俺が付いてってやるか」みたいな感じで
またあとを付いてくる

おじさんは寒けりゃ布団の中に入ってきて
腕枕を要求してくる

7,5キロの全体重をあたしに預け
あたしの胸は彼の背中に押しつぶされ
息苦しい

おじさんはいつもあたしの側でダラダラしていて
撫でてやるとゴロゴロ言って
噛んでくる

おじさんの力強さはまぁまぁなもんで
顎の筋肉も強いのか
八重歯が2本ないのに噛まれるとまぁまぁ痛い

おじさんのザラザラした舌は
すぐにあたしの手を赤くさせる


おじさんはあたしのことが好きだ


あたしも当然のことだが
おじさんのことが大好きだ


おじさんの背中の匂いが好き
太い腕は頼もしく
肉球はとても大きくてピンクの色をしている
タプタプのお腹は柔らかくてすぐに触りたくなる

おじさんの抱き甲斐のある大きな身体は
安心感が漂う


あたしはおじさんと
ずっと一緒にいると思っていた


当たり前のように
寒い冬をストーブを囲み
耐え

春が来て
おじさんはもう1匹と
陽の当たる部屋で日向ぼっこをし

夏になると
畳の上でひっくり返って寝そべって

秋になると
夕暮れに染まる赤い世界を
おじさんは2階の窓から眺めるんだと思っていた



しかし
先週の日曜日
あたしはおじさんを病気で亡くした

この事実は時に
唐突に目の前へ突きつけられ
あたしは演劇のお手本のように
おじさんのいない大きな部屋の真ん中で泣き崩れ

時にとても冷静で
「しょうがなかったんだ」と納得できた


でもずっとどこか心の片隅で怯えていたこと

それが今夜である


おじさんは急性腎不全という病にかかった


先週のこの木曜日


あたしがいつものように仕事から帰宅すると
普段は迎えに来るはずのおじさんの姿が見当たらない

たまにクッションや布団の上で
寝ぼけた顔でこちらをちらりと見上げることもあったので

その時は
何もおかしいとは思わなかった

その後もう1匹がお腹が空いたというので
ご飯をやった

いつもはカラカラとご飯が器に当たる音で
姿を見せるのに


まだ来ない


2階かな。と思って
階段を上がると

おじさんは階段から見える布団の上で丸まっていた

おじさんは起きていて
じっとこっちを見ていた

「何してんの〜眠たいの〜?」なんて声をかけたけど
ジッとして動こうとしなかった

表情も普段と変わらず
そのままだったので

あたしはまた気にせず買い物に出かける

最近良いことがなく
体調も優れなかったので
ちゃんとしたものを作って食べようと思った

帰宅してご飯を作っても降りてこないから
おじさんの元へ行くと
また同じところでジッとしている

その時になんだか変な気がした

とりあえず重たいおじさんを抱っこして
1階へと降ろす

するとおじさんはフラフラ歩いて
リビングへ行き
カーペットの上でまた丸まって座る

変な予感がし
食欲もなくなったので
おじさんの側へ行き様子を見る


なんとなく元気がない


ご飯も結局食べないし
水も飲まない

おじさんはゆっくりだったけど普通に歩いてたし
もしかしたら風邪とかかな?
とその時は思って

明日は仕事だったので
それまでに
少しでも安心できたらと思い
夜間救急に行くことにした

22時を過ぎた夜間救急は思いの外
沢山の飼い主が相棒を連れて待っている

か細いながらも
おじさんはニャーニャーと鳴くので
あたしの上着をゲージの上にかけたら
大人しくなった

1時間ほど待って
診てもらう


そこからの記憶があまりない


一旦検査をしますと
待合室に戻され
奥の部屋で
おじさんの鳴き叫ぶ声が
待合室にもこだましてた

なんだかよく分からない
血液の数値が並ぶ表の中に
数カ所赤い数字があって
それは通常の何倍も高く異常であるらしい


辛辣な表情で

明日の朝
病院に行ってください

と先生に言われた


深夜2時を過ぎ

車通りの少ない道を
おじさんと帰った


その時は尿路結石かもしれないと言われ
それだと石をとれば治ると言われてたから
その望みにかけるしかなかった

家に帰って
また布団の上で丸まるおじさんを見つめながら

あたしは声も出さずに
大粒の泪を流した


とても静かな夜だった



そんな長い夜が
つい7日前にあったなんて

その本人は
今はもういないだなんて

月曜日からずっと
「先週の今頃はまだ生きてた」
という思いが脳内に駆け巡った


何も変わらない
普段通りの生活が
一気に狂い出す

先週の今頃


怯えても仕方がないのに
どこかで今日が来る日を恐ろしく思っていた

夜は怖い
静けさが増すこの界隈は
沈黙の中に
静かに湧き出る
悲壮感が漂う


どうか神様
先週の今日に戻れるなら
元気なおじさんのままで
いつもの日常を過ごさせてください


現実は恐ろしい