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#12 #LLVR [a Like Love within a Virtual Realm]

 じめじめした季節が去ろうと湿度だけ残した空気の中日差しが強くなってきた頃。この季節になるとVRヘッドセットはつけると暑いから熱中症に気を付けた方がいいよ、とアドバイスを受けたが、まさにその通りだった。まだ初夏だというのに、頭が熱い。
 今日は少し早めに仕事が終わったのでさっさと晩御飯と家事を済ませ、ひとりでバリスにインした。夏服、買ってもいいなぁ、と海のワールドでぼーっとしていると、後ろから声をかけられて、私はびくりと飛び上がってしまった。
「ノルちゃん」
「カトルさん」
 ひらひらとカトルさんはこちらへ手を振ったので、私も降り返す。
「今日は早いんだね」
「仕事が早上がりだったので。カトルさんも早いですね」
「今日はちょっと用事があったから午後有給取っててね」
「そうなんですか」
 カトルさんは私の隣に座り、波の音と少しずれながら寄せては返す波を見ていた。
「――あのさ、ノルちゃん」
「はい?」
「前も聞いたんだけど――」
 カトルさんは言ってもいいものか躊躇っているようだった。私は何を聞かれるのだろうと首を傾げる。
「……アインとさ、どう、最近」
「どう? ですか。ええと、普通、というか、今までと変わらず、というか」
 カトルさんは静かに深呼吸をした。何かマズイ返答だっただろうか。
「他の人からさ、アインと付き合ってるのーとか言われたことある?」
「それは、……あります」
 正直それはあまり考えたくない話題となっていた。自分が好きかどうかを判断する前に周りからどうこう言われるのはよい気分ではないし、そう思うならもうそれでいいよ、という投げやりな気持ちも出てきてしまっている。もちろんアインさんのことは嫌いじゃない。
「そう言われるのってさ、嫌だったりする?」
「人による、こともありますけど……私がアインさんをそういう対象として見れるかどうか、好きかどうかを考えるときに、思考の邪魔になる感覚がします……自分の選択を蔑ろにされて相手が勝手に選択してくる、みたいな……」
「つまり、自分がアインとの関係性を確認するときのノイズになる、みたいな話?」
「ノイズというか……例えば私がアインさんと付き合うか付き合わないかっていう二択の選択肢のはずなのに、付き合わないっていう選択肢が一つで、付き合うっていう同じ選択肢が何個もある、みたいな。うまく言えないんですが……」
「なるほど」
 感覚的な問題は言葉にするのが難しい。でもそうなのだ。勝手に選択肢が増やされていく感じ。一対一の選択のはずなのに、一対十とかに勝手にされて、そしてどうせ十個ある方選ぶんでしょ、と思われている感じ。それはなんか、違うのだ。
「これはまだ、というか、公にするかわかんない話なんだけど、――リュウくんとさ、バリスの中だけでだけど、付き合うことになってさ」
「えっ⁉」
 思わず大きな声を出してしまった。確かに仲が良いお二人だなぁとは思っていたが、男性同士だし、その可能性は低いだろうと思っていた。バリスはアバターやボイチェンのおかげで男女の境が曖昧にわりとなっているので、男性同士付き合っている話も聞かないわけではない。だがカトルさんが付き合うのは、意外だった。
「おめでとうございます!」
「ありがとう、なのかな。付き合うって宣言した人のとこによくおめでとうって言ってる人いるけど、私あれあんまりよくわかんなくて」
 確かに言う本人からしたら他人と他人だ。それがくっついたところで、何がめでたいのだろうと昔から疑問に思ってきた。でも最近少し、わかったような気がするのだ。
「誕生日に、おめでとうって言うじゃないですか。私もあれ、よくわからなかったんですけど」
「うんうん」
「人によっていろんな意味があるみたいで。生まれてきてくれてありがとう、友達になってくれてありがとう、いつも話し相手してくれてありがとう、とか。それと一緒で多分人によると思うんですけど、あなたに幸せな出来事が起きたからおめでとう、一緒にいたいと思える人に出会えておめでとう、ふたりより仲良くなれておめでとう、とか、いろんな理由を内包してるものだと思ってます」
「おお。納得」
 出会ってくれってありがとう、と、リュウくんが思っていてくれたら嬉しいかも、とカトルさんは小さく呟いた。
「それでね、付き合う話をする前に、二人とも付き合ってるのかって聞かれたんだよ。距離とか近いけど、って」
「――うん」
 返事する声がか細くなった。あまり聞きたくない話題ではある。
「ノルちゃんもよく、聞かれるの?」
「はい……もう付き合ってると思ってた、って、別のイベントで知り合った人に言われたりとか……」
「それ、嫌じゃないの?」
「嫌か否かで言えば、嫌ですね。勝手に事実が作られていってるのは……でも」
 私は俯いた。セミロングの髪がさらりと前に垂れる。
「アインさんは嫌いじゃないんです。それは本当で、だけど恋愛っていうのが私よくわからなくて、ずっと考えてるんですけど……アインさんに告白する人って、きっと私より魅力的だったりする人がいると思うんです。じゃあ私よりそっちと付き合った方がアインさんは幸せになれるなって、思って、だから私と付き合ってるみたいな噂が立っちゃうのは邪魔だろうなって、思って……」
「ノルちゃん、それはさ」
「はい」
「アインのこと、もう好きなんだと思うよ」
 私は勢いよくカトルさんの方を振り向いた。驚きで。

「相手の幸せを願うのって、好きだからだと思うんだよね、私は。……そういうの、私も思ってるし。リュウくんに他に良い人が現れたら、そっちいってほしいなって……どうでもいい人だったらそんなに気を遣えないと思うんだよ」
「……そう、なんでしょうか」
 私はまた俯いてしまった。
「〝好き〟って感情は難しいよね。人によるし状況にもよる。でも相手の幸せを願えるのは、好きだからじゃないか、と思い始めたんだ。友達にだって良い人が現れたらいい、それで幸せになって欲しい、と思うけど、好きな人に好きな人ができたらそっちと付き合って幸せになって欲しい、というのは、かなりのエゴを含んでる。己のエゴが混じってきたらそれはもう、立派なひとつの情感だと思って」
 それに、とカトルさんは続ける。
「本当に嫌だったら、もっとアインと関わることを少なくしてるんじゃない? でもそうじゃないでしょ。それはアインと一緒にいたいから、じゃない?」
 そうなのだろうか。そうかもしれない。その問答はなんども、自問自答してきた。
「ああ、ごめん。なんでこんな話するかって、その、付き合ってるように見えた、って言われるような二人が実際付き合い始めたら、その、何がどう変わるんだろうって、どうしたらいいんだろうって、思って」
「はい……」
 付き合ってると思ってた、と言われたとき、実際に付き合い始めたとき、果たしてどうすべきなのか。今までの距離感でいいのか、もっと一緒に居る時間を増やすべきなのか。今の私にはよくわからない問題だ。
「それで、ノルちゃんだったら、相手はアインじゃなくてもいいんだけど、好きな人と付き合えることになったらどうするかなーってのを、聞きたかったんだよね」
「……わからない、です」
「そうだよねぇ……」
 ざざーん、と、波の音が響く。
「――アインさんのこと、なんですけど」
 私は海の向こう、水平線のような場所を見つめて言った。
「確かに、そう噂されるのが嫌なら距離を取ればいいだけなのに、そうしてないのは、多分アインさんと一緒に居たいと思ってるから、なんだと思います」
「うん」
「あとなんか、そんな噂でじゃあ距離取ろうかってなるのも癪というか」
「――ふ、はははっ!」
 カトルさんは私の台詞に噴き出した。
「いや、ごめん。ノルちゃんが癪だからそうしてやらないみたいなタイプだとは思わなくて」
「わりとそうなんです。変なところで頑固というか」
「へぇーそうだったんだ」
「……でも、一緒に居て、心地好いのは、事実で……それが恋だと名乗れるなら、もしかしたら、そうなのかもな、って」
「うんうん」
「私、恋って落ちるものだと思ってたんです。一目惚れとか、そこまでいかないまでも相手のふとした仕草とかにときめいて好きになる、みたいな。でもアインさんはそうじゃなくて、最初の頃は本当に何も思ってない、ただの友達で、そこから、一緒にいるとなんとなく安心というか、落ち着くというか、そんな関係になって……だからこれって、違うんじゃないかな、とか考えちゃって」
「恋は落ちるものだけど愛は育むもの、らしいよ。私もリュウくんに対しては全くそんなつもりなかったもん」
 カトルさんは手を上にあげて思い切り伸びをした。
「ん~~でも、ノルちゃんと一緒で、いっしょにいるのが心地好くなっちゃった。だから付き合うことにしたんだけど」
 はぁ、カトルさんは脱力して腕を重力に任せて下に落とす。
「悪くないよ。周りが言うような、そういう関係になるのも。だってもうそう見えてるなら、とりあえずそれまでの関係を続けてればいいだけだからね」
「でも、何か変わりたいんじゃないですか?」
「変わりたい、というか、変えたほうがいいのかなーっていうのが今の悩み」
「なるほど」
「でもま、そんなこと気にしなくてもいいかぁ。なんか話したらスッキリしちゃった。ごめんね勝手に話して勝手にスッキリして」
 カトルさんはスッキリした、でも少し困ったような声色で言った。
「いえ。……こっちこそ、話聞いてもらえて良かったです」
「そう? ならよかった」
「アインさんのこと、もうちょっとちゃんと考えてみます。……あまり考えすぎない方が、いいかもしれませんけど」
「ちゃんと考えてあげるのは誠実なことだからいいんじゃない?」
「――そう、ですね」
 好きなのかそうでないのか。好きならば告白するのかしないのか。付き合うならバリス内だけにするのかリアルも含めるのか。考えることの多さに私は気が遠くなるようで、思いきり息を吸い込み、吐いた。

No.12

考えるのが面倒なほど複雑怪奇なこの感情は
もしかしたら一般的にはもっと単純なものかもしれない
けれど私には扱いづらくて
それで周りの人を傷つけてしまう
使い方のわかってない凶器みたいなものだ
どうしてみんなそんなにすんなりそれを受け入れているのだろう
どうしてみんなそんなにそれに憧れるのだろう
どうしてみんなそんなにそれを欲しがるのだろう
どうして みんな

私の手の中にあるもの
好きという凶器
使い方を間違えればたくさんの人を傷つける凶器
もしかしたらもう傷つけてしまっているかもしれない凶器
きっと扱い方に正解なんてない凶器

私だけ置いて行かれた気持ちになる
でも私は今どこに置いて行かれたのか
どんなふうに置いて行かれたのか
それがわかっていない限り みんなには追いつけないのだ

絵:深水渉(https://x.com/wataru_fukamizu)


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