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高校生向け短期集中日本文学史(古典編)#4(近世の文学:江戸時代)全5回

文学史は地味ながら意外と定期テストで出題されて特典源になることも多いです。そのような文学史について素早く勉強をする全5回のシリーズ記事です。近現代編は既にアップしているので近現代の文学史をご覧ください。

 近世の文化について上方から江戸へと文化の中心地が変化し、それぞれの時期の文化を元禄文化と化政文化と呼んだという話が定番としてあるが、そのような時代的な捉え方よりもジャンルごとの動向を追う方が中世までの流れと繋がりやすいので、ここではジャンルごとに説明をしていく。
 まず、詩歌のジャンルについては、『俳諧御傘』が代表作であり貞門俳諧の祖である( ① )が、俳諧を独立させたことで俳諧が流行する基盤ができる。談林派の俳人であり、『談林十百韻』が代表作である西山宗因を経て、蕉風俳諧を創始し、俳諧の芸術的に高めたのが( ② )である。(②)の代表作である『奥の細道』では弟子の曾良が同行し、下の句を付けたことで知られているように俳諧が連歌に由来するものであり、(②)は俳諧の発句を作っているという意識があったことが伺える。(②)の死後、『新花摘』が代表作であり俳諧を復興した( ③ )や、『おらが春』が代表作である( ④ )も近世の重要な俳人である。俳諧から川柳を創始した柄井川柳、和歌集を編んだA賀茂真淵や香川景樹もいたが、川柳や和歌は俳諧に比べると大きな影響力はなかった。 
 詩歌に比べて、高校まで触れられることが少ない小説の分野であるが、近世の文学を考える上で最も重要なジャンルである。小説は中世に生まれた御伽草子から発展し、近世初期において仮名草子が生まれ、そこから町人階級を主に描いた浮世草子が生まれる。この浮世草子を創始し、近世文学に大きな影響を与えたのが( ⑤ )である。浮世草子から文章を主としたB読本と遊里の風俗を描いたC洒落本が生まれ、近世小説の2つの大きな流れの基盤が浮世草子であった。その一方で、絵を中心とする草双紙、その中でも大人向けに作られたD黄表紙や、複数の黄表紙をまとめた合巻なども出版され、一般庶民の読書する機会や本に触れる機会を多く提供する基盤も出来上がっていた。
 中世でも流行の傾向があった劇についても大衆向けに人形浄瑠璃や歌舞伎が江戸初期に成立し、それぞれの劇作家たちの活躍も目立った。特に人形浄瑠璃の脚本家であり、近世随一の戯曲作家であった( ⑥ )は劇文学の世界に大きな影響を与えた。歌舞伎については『東海道四谷怪談』で知られる鶴屋南北や、江戸歌舞伎を集大成した河竹黙阿弥が活躍した。

問1、①〜⑥に入る人物の名前を答えなさい。

問2、A賀茂真淵は国学者であるが、次の中で江戸時代の国学者や儒学者などの学者についての説明として最もふさわしいものを1つ選びなさい。
ア、『万葉代匠記』で知られる契沖や『万葉集僻案抄』で知られる荷田春満によって国学が発展した。二人の代表作が『万葉集』に関係するものであるように、初期の国学の中心は『万葉集』が中心でこの頃から万葉歌人は「ますらをぶり」という評価が一般的であった。
イ、国学を体系化し、発展させたことで知られる賀茂真淵は『万葉考』の中で契沖の主張を批判しつつ独自の評価を下した上で、『古事記伝』の中で和歌を評価し万葉歌人の「ますらをぶり」に対して和歌の歌人の歌風を「たをやめぶり」と捉えた。
ウ、国学を大成した本居宣長は、『源氏物語玉の小櫛』の中で『源氏物語』の本質を「もののあはれ」と捉えていたが、その他にも随筆の『玉勝間』や歌論の『石上私淑言』を著すなど様々な代表作を生み出したことで知られている。
エ、儒学者であり、幕政を支えた新井白石は随筆の『折たく柴の記』でよく知られている人物であるが、『世間胸算用』のような浮世草子の作品も描いており、多岐にわたる分野で活躍した文化人の一人である。

問3、B読本について、前期において活躍した上田秋成の代表作と、後期において活躍した滝沢馬琴の代表作をそれぞれ1つずつ答えなさい。

問4、C洒落本及びD黄表紙について、洒落本及び洒落本から派生した人情本や滑稽本、及び黄表紙の作者とその代表作の組み合わせとしてふわしくないものを1つ選びなさい。
ア、恋川春町『金々先生栄華夢』 イ、山東京伝『通言総籬』
ウ、十返舎一九『好色一代女』  エ、式亭三馬『浮世風呂』
オ、柳亭種彦『偽紫田舎源氏』 カ、為永春水『春色梅児誉美』

問5、近世文学の中心人物である②、⑤、⑥の代表作を以下の中からそれぞれ全て選びなさい。②、⑤、⑥の代表作に該当しない作品は存在しないものとする。

ア、『武道伝来記』 イ、『国性爺合戦』 ウ、『猿蓑』
エ、『笈の小文』 オ、『西鶴諸国ばなし』 カ、『曽根崎心中』


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解説
近世文学も中世文学と同様に、作者名と代表作をセットで覚えるという意識が大事です。それ以外については受験プランや進路などを考慮に入れて覚えるようにすると安全です。

問1、①〜⑥に入る人物の名前を答えなさい。
『俳諧御傘』が代表作であり貞門俳諧の祖である( ① )
→松永貞徳。代表作よりも貞門俳諧の祖という言葉から推測すると良いです。代表作の暗記の優先順位はやや低いので余裕があればで良いです。

蕉風俳諧を創始し、俳諧の芸術的に高めたのが( ② )である。(②)の代表作である『奥の細道』
→松尾芭蕉。蕉風俳諧、『奥の細道』の2つのどちらでも良いのでこれらを見たら即松尾芭蕉と答えられるくらいには理解しておくと良いです。

『新花摘』が代表作であり俳諧を復興した( ③ )や、『おらが春』が代表作である( ④ )も近世の重要な俳人である。
→近世の俳人として有名な人物は、③与謝蕪村と④小林一茶です。『おらが春』や生活感のある作品と言われた小林一茶、俳諧の復興という言葉が出てきたら与謝蕪村と覚えておくと区別をつけることができます。

この浮世草子を創始し、近世文学に大きな影響を与えたのが( ⑤ )である。
→井原西鶴。浮世草子の創始という言葉だけで判断できないとまずい人物です。説明文にもあるように井原西鶴の影響の大きさは松尾芭蕉や近松門左衛門に匹敵するものであるのに中学生まではなかなか触れられていないことが多いのでしっかり押さえておきたい人物です。

特に人形浄瑠璃の脚本家であり、近世随一の戯曲作家であった( ⑥ )は劇文学の世界に大きな影響を与えた。
→近松門左衛門。人形浄瑠璃の脚本家と聞かれたら、とりあえず近松門左衛門と答えるようにしましょうと言っても良いほど、近世において大活躍した劇作家です。

問2、A賀茂真淵は国学者であるが、次の中で江戸時代の国学者や儒学者などの学者についての説明として最もふさわしいものを1つ選びなさい。
ア、『万葉代匠記』で知られる契沖や『万葉集僻案抄』で知られる荷田春満によって国学が発展した。二人の代表作が『万葉集』に関係するものであるように、初期の国学の中心は『万葉集』が中心でこの頃から万葉歌人は「ますらをぶり」という評価が一般的であった。
→「ますらをぶり」と言ったのは賀茂真淵なので誤りです。

イ、国学を体系化し、発展させたことで知られる賀茂真淵は『万葉考』の中で契沖の主張を批判しつつ独自の評価を下した上で、『古事記伝』の中で和歌を評価し万葉歌人の「ますらをぶり」に対して和歌の歌人の歌風を「たをやめぶり」と捉えた。
→『古事記伝』は本居宣長の代表作です。また『古事記』ではなく『古今和歌集』の和歌について「たをやめぶり」と評価したのでやはりおかしいことがわかります。

ウ、国学を大成した本居宣長は、『源氏物語玉の小櫛』の中で『源氏物語』の本質を「もののあはれ」と捉えていたが、その他にも随筆の『玉勝間』や歌論の『石上私淑言』を著すなど様々な代表作を生み出したことで知られている。
→正解です。

エ、儒学者であり、幕政を支えた新井白石は随筆の『折たく柴の記』でよく知られている人物であるが、『世間胸算用』のような浮世草子の作品も描いており、多岐にわたる分野で活躍した文化人の一人である。
→『世間胸算用』は井原西鶴の代表作なので誤りです。

問3、B読本について、前期において活躍した上田秋成の代表作と、後期において活躍した滝沢馬琴の代表作をそれぞれ1つずつ答えなさい。
上田秋成:『雨月物語』『春雨物語』など
滝沢馬琴:『南総里見八犬伝』『椿説弓張月』など

問4、C洒落本及びD黄表紙について、洒落本及び洒落本から派生した人情本や滑稽本、及び黄表紙の作者とその代表作の組み合わせとしてふわしくないものを1つ選びなさい。
ウ、十返舎一九『好色一代女』
→十返舎一九の代表作は『東海道中膝栗毛』であり、『好色一代女』は井原西鶴の代表作です。

問5、近世文学の中心人物である②、⑤、⑥の代表作を以下の中からそれぞれ全て選びなさい。②、⑤、⑥の代表作に該当しない作品は存在しないものとする。

②松尾芭蕉 ウ、『猿蓑』 エ、『笈の小文』
⑤井原西鶴 ア、『武道伝来記』 オ、『西鶴諸国ばなし』
⑥近松門左衛門 イ、『国性爺合戦』 カ、『曽根崎心中』

どれも代表作なので全て押さえておきましょう。三人が近世文学の中心に存在する人物なので、可能な限り代表作は覚えておきたいです。

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