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文章を国語の授業風に読む 中島敦「狐憑」(こひょう) #2 精読 導入部

このシリーズでは、国語の授業のように丁寧に作品を読み深めながら、1人で読書しただけでは気づかない作品の良さを知ることを目指しています。授業風ということもあり、長さは適量でカットし、深めたい人は参考文献を見てさらに深めてほしいという形をとりますので、物足りなさを感じたらぜひ参考文献類も確認してみてください。この記事は#2ですので、最初から読みたいという方は#1からご覧ください。
 今回は精読ということで、前回捉えた全体像を意識しながら細部の表現や仕掛けを読み解いていきます。導入部では主に、時、場所、登場人物、事件設定に関する部分を丁寧に読み解くと見えてくることが多いです。ということで、それぞれの観点で考察をしていきましょう。例を示すので、例に従って少し丁寧に導入部(第1段落~第3段落)を読んでいきましょう。



第1段落 
ネウリ部落  ①ヘロドトスの『歴史』に登場する部落
②『歴史』は紀元前五世紀の作品なので、それよりも昔

→ここから舞台は少なくとも紀元前400年代(紀元前五世紀)よりも前ということがわかります。

このように、時代や季節や時間など時にかかわる表現を押さえると、背景も押さえやすくて良いです。他の例ですが、例えば平安時代が舞台の作品であれば通い婚を前提に夫婦関係を考えるという姿勢ができるのと同じです。時代や季節は特に影響を与えやすいので、逃さないことが大事になります。

課題①:時(時代や季節など)がわかる語を第1段落~第3段落から探してみましょう。また第1段落は既に事件が始まっている箇所なので、同じ内容が書かれている第4段落も合わせて確認してみましょう。専門知識が必要なことがあるので、気になる人は調べるのはありです。



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第2段落
スキュティア人 ①紀元前七世紀前半(紀元前八世紀)~紀元前四世紀頃(紀元前700年代~紀元前300年代)

第4段落
去年の春 ①語り手は事件が起きた1年後の春以降に語っている
②事件は春に起こった。

→紀元前700年代~紀元前300年代、事件は春。語り手は事件が起きた1年後。


課題②:場所(国や地域など)がわかる語を第1段落~第3段落から探してみましょう。その上で、専門知識が必要なので、関連する語句を調べてどの辺りを舞台にした作品かを理解してみましょう。



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第1段落 ネウリ部族 ①現在のポーランド東部からベラルーシ、リトアニア付近に住んでいた。

第2段落 スキュティア人 ①黒海周辺に住んでいた。

第2段落 湖上に家を建てて住む
第3段落 湖上民
①湖上に住む人々。

→ネウリ部族は、黒海の北、現在のポーランド東部からベラルーシ、リトアニア付近の湖上に住んでいた。

いよいよ折り返しです。
課題③:人物(性格や特徴など)がわかる語を第1段落~第3段落から探してみましょう。課題②と同様に、調べるのはありです。


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第1段落
シャク ①ロシア語では現在の人名にも使われており、そこまで珍しい名前ではない。
②そのようなありふれた名前の人物に憑きものが憑いた。
③「哀れな」と表現されるように憑きものが憑くことは哀れなこと?
④それとも憑きもののせいで、哀れな境遇になったのか。
→「不思議な言葉を吐かせる」という表現からも哀れな境遇に陥った?
⑤鷹、狼、獺の霊が憑く
⑥タイトルの「狐」は憑いていない?
⑦『歴史』の中にも「神霊に憑かれる」という描写があり、憑きもの自体は特殊なことではない?(4-79)

第2段落
スキュティア人 ①(歴史的事実として)ダレイオス王に攻められて陥落しなかった人々。
②未開の人種

第1段落及び、第3段落
ネウリ部族 ①『歴史』においてはネウロイ。

第2段落
特に一風変わっている
①野獣の襲撃を避けるために湖上生活をしている。
②『歴史』によれば、「特に一風変わっている」点は、狼になること。(『歴史』4-105)
③また、湖上ではなく川の側(ヒュパニス河畔)に住んでいる。(『歴史』4-17)
⇒中島敦のオリジナルの設定。
湖の魚を捕る。独木舟を操り、水狸や獺を捕らえる。
①「湖の魚を捕」ったり、「水狸や獺を捕らえ」たりする狩猟民。
②『歴史』ではブディノイ人が同じような生活を送っている(4-109)。
ただし、ネウロイがブディノイ人とともに暮らすことになったという記述もあることから、2つの逸話を組み合わせて作ったもの(4-105)。
麻布の製法 ①『歴史』にも書かれている(4-74)。
②麻が自生する地域に住む。
馬肉、羊肉、木苺、菱の実などを喰い、馬乳や馬乳酒を嗜む
①馬や羊も食べ、木の実も採取し、馬乳の乳製品も飲んでいる
②『歴史』にも記載がある内容(4-2、4-61など)
雌馬の腹に獣骨の管を挿し入れ、奴隷にこれを吹かせて乳をしたたらせる古来の奇法
①奴隷がいる。 →戦争や紛争が盛ん? 他の部族を襲撃している?
②「古来の奇法」を受け継いでいる部族→伝統を重んじている?
③『歴史』にも記載あり(4-2)。

第3段落
シャクは、こうした湖上民の最も平凡な一人
①「平凡」ではなく「最も平凡」と言っており、ネウリ部族ではありふれた人物であることを強調している。
②ありふれた人物であったが、憑きもののおかげで人々の評判になった。
③だが、「哀れな」と修飾されるような状況にあり、必ずしも非凡であることがメリットとなっていない。
→ネウリ部族は狩猟民族で、伝統を重んじる部族。奴隷がおり、戦闘民族の側面もあるが、湖上生活をするという特異性を持っている。
→そのような特異な部族においてありふれた平凡なシャクに憑きものがしたことで評判になる


事件設定については、そこまで多くないので、以下の板書を確認してみましょう。

第1段落 
ネウリ部族のシャクに憑きものがしたという評判である。
①冒頭にいきなり事件が提示されている。
②しかも、タイトルに関係する事件である。
③読者を物語に引き込む工夫。
④同時代の人物のような語り手。(実際、第4段落で、「去年の春」と言及しており、同時代の人物が語り手であることがわかる)


ここまで整理した内容をまとめると、次の通りになります。


紀元前700年代~紀元前300年代、事件は春。語り手は事件が起きた1年後。

場所
黒海の北、現在のポーランド東部からベラルーシ、リトアニア付近の湖上。

登場人物
ネウリ部族は狩猟民族で、伝統を重んじる部族。奴隷がおり、戦闘民族の側面もあるが、湖上生活をするという特異性を持っている。
そのような特異な部族においてありふれた平凡なシャクに憑きものがしたことで評判になる。

事件設定
冒頭にいきなりタイトルに関係する事件が提示され、読者を物語に引き込む工夫がされている。同時代の人物が語り手の3人称小説。
全体的な設定は『歴史』に基づくものであり、一部作者のアレンジが加えられた部分もある。


今回は作業が多く少し大変だったかもしれません、お疲れ様でした。
とはいえ、たった短い行数でも丁寧に読めば色々読むことができるということが理解できたと思います。前回のように、全体像を捉えて読むのも読み方ですが、今回のように細部にこだわって読むのも文章の読み方の1つです。どちらの読み方も大切にすることで、無味乾燥に読書するよりも深く、楽しく文章が読めてくるものです。
次回も細部を丁寧に読んでいきますが、今回ほどは丁寧に読まず最初に行った範読で見えた全体像を意識して、細部まで読み込むべき部分を絞って丁寧に読んでいきたいと思います。


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