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『OD!i』第58話「独裁の両眼②」

 同日午後一時五十分。

駅前喫茶店【YURI】。

 服装には迷いましたが、

きっと真面目な相談に違いないと判断して、

カジュアルでも控えめな装いにしました。

上から祷の鉢巻、

アウターはネイビーのショート丈のテーラードジャケット。

インナーの白のロンTは、あたしのお気に入りと戒めの言葉が刻んである。

ボトムスは白のパンツ。

大切な足元は百年来から普及する定番の黒のスニーカー。

お母さんから受け継いだ丸い筒型のショルダーバッグに、

女(あたし)の秘密を詰め込んで、


いざ、尋常に!


………………
…………
……

 こちらの喫茶店は、入ってみると、

それほど広くはありませんでした。

しかし、なによりもあたしの関心を引いたのは、

およそ信じられないくらい、

喫茶店内とは思えない音量の、

ジャズがスピーカーから奏でられていた事です。

ここはジャズ喫茶だったんだ♪

せーこーにも伝えなきゃ♪

 あたしは喫茶店に興味津々で、

言葉通り、

席を先に確保してくれていた、

恵喜烏帽子氏までのわずかな距離を、

偉大なジャズミュージシャンの演奏に、

心を奪われそうになりながら、

ようやく座って恵喜烏帽子氏と対面します。

型くずれは嫌なので、

ジャケットのボタンはすぐに外しました。

すぐに接客の方が注文を取りにいらっしゃったので、

恵喜烏帽子氏に飲んでいるものを尋ねたら、


「たんぽぽコーヒー」と教えてもらったので、


「あたしにも彼と同じものを」と注文を済ませました。


 さぁ、

おそらくここからは、

覚悟をしなければならないでしょう。

………………
…………
……

 適当な社交辞令を済ませた後の、

まず、

恵喜烏帽子氏の本題、始まりの問い掛けは、

「……なぁ早水? おまえにとって、常世 祷は、どういう存在だ。ただのクラスメイトか、ダチか、あるいは親友と呼べる存在か?」

祷は大切な友だちだ。

それでも、ふと、

以前父に尋ねた「友だち」や「親友」の父の価値観が思い浮かぶ。

「これはあたしの『親友』の価値観に、父からの影響が強くあるのですが、あたしの父の生き方は、愛する人を選ぶか、親友を選ぶかで、相当悩みを抱えたそうです。……それは、どちらかを選んでしまえば、どちらかは失う事になってしまうと、父は結論を出したからです。ですから、あたしの父は愛する母に居てもらう為に、親友を得る事は諦めなければならないと思ったそうです。あたしに友人を自慢する時は、こちらが僕の一番の男友だちだよ? とか、一番の女友だちだよ? そう言って『親友』という言葉は決して口にしません。あたしの父にとって『親友』とは、生涯の伴侶と同等の存在価値なんだと、あたしは受け取っています」

「……俺には十全にはわかんねぇが、そういうもんなのかな?」

「しかし、常世 祷はあたしの最も身近に居てくれる。大きな心の支えです。今日の話が、あたしの知らない祷を知り、あたしにも支えられる事があるなら、どんなお話でも伺います」


「ここからは、一方通行だ。だけど祷ちゃんは明らかに昔より精神状態が良くなってる。これから話す事は、早水にとってリスクを背負わせるが、俺も俺なりにリスクを背負って話す。聴いてくれる事に、感謝する」

あたしは迷いなく頷いた。

………………
…………
……

 恵喜烏帽子氏の支払う代償は、

彼の異能のひとつの開示でした。

「これは俺より霊格が低い相手にしか、通用しないものなんだがな。和歌市の外の日本で、俺より霊格が高い相手に遭遇する事は稀な事だから、ほぼ万能の能力“独裁の両眼”という」

 一度俺と早水の霊格を測ってみよう。

そう言うと恵喜烏帽子氏は、

ヘッドフォンを耳にやり、

心を調え始めているかに見えます。


……“ディスコテーク”……

……“独裁の両眼”……



いつの間にか、

あたしの覚える世界がぼんやりして、

ただ彼の次の言葉の為だけに耳を傾けている。

「恵喜烏帽子 御門が命じる、おまえは両目を開く事ができなくなる」

 言葉を聴き終えた途端に、

あたしの視界は真っ暗になる。

両目が全く開きません!

不安と焦燥に駆られ、

正常な解答を導き出す思考を整える。

……まずは落ち着かなきゃ。


間に、


恵喜烏帽子氏からの、


「解放する」の言葉で、


あたしは視覚を取り戻した。

こんな能力って…………、


「人間に与えられてはいけないとさえ思う異能だと、俺自身も分かっているが、実際使えるんだから仕方ねぇ」


恵喜烏帽子氏はヘッドフォンを外しながら告げる。



 それは……、

そうでしょう……、

 だって、

例えば……、

「俺が殺意を抑えられない人間なら、霊格の低い人間達には、俺が犯人と分からぬ様に自殺しろ、そう命じるだけで、完全犯罪が成立する」

 自嘲気味な表情の恵喜烏帽子氏の想いは、

あたしには分からない。


けれど!


話の流れから、

それは恵喜烏帽子氏の例え話だと、あたしは信じられます。

……それに、良い方向にだって働く能力じゃないですか。


「表裏一体の能力ですよ! 恵喜烏帽子氏なら道を違える様には思いません」

 しかし、無責任なあたしの言葉は、

恵喜烏帽子 御門と常世 祷のさらなる深淵への、

あたしには理解すら難しい。

哀しい二人の過去へと、沈んでいったのです。


 ぼくはどくさいしゃきしつ。
だからみちびいてくれるひとがひつよう。
そう、きみのことだよ。

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