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山中の温泉へ/金沢旅行記②

「地方の、馴染みのない温泉街に行きたい」

というのが、この金沢旅行の動機だ。


昔から温泉街に対して、漠然とした憧れがある。
土地の雰囲気、とでもいうのか。
おおらかで、ゆったりとした、時の流れ、空気の感じ。

日常のふとした瞬間
そうしたモノに触れたくて仕方なくなる時がある。

最初は箱根や熱海などで満足していたが
徐々に近場では物足りなくなってくる。

もっと遠く、あまり知らない(あくまで自分にとって)
そんな未知の温泉を求めだす。

そういう場所に、まだ自分の知らない
時間空気が流れているのではないか
そう思うのだ。


鉄人のふるさと

料理の鉄人、という番組が好きで
その中でも道場六三郎さんが好きだ。

道場さんについて調べていると
山中温泉、という温泉街の出身だということを知った。

関東出身の自分には、あまり馴染みのない温泉。
調べてみると、様々な著名人が訪れているらしい。

松尾芭蕉泉鏡花など。

自分が無知なだけで、長い歴史のある温泉地のようだ。
こうなるとがぜん興味が湧いてくる。

そうして山中温泉を旅程に組み込んだのだった。

左側に山代(山代温泉
そこから右側に向かって河南、そして山中温泉
文字通り、山中の温泉地だ

特急とバスを乗り継いで

朝6時半ごろ、ホテルを出て駅へと歩く。
金沢の街はこの時間帯でも意外と騒がしい。

駅までの道すがら
真新しいスーツを着た若者集団をぽつぽつ見かける。
そうか、世間的にはそういう時期だよな。

緊張期待が織り交ざった彼らを見ながら
自分も数年前はあんな顔をしていたんだろうか、と思う。
いや、もしかしたら今も、同じ表情をしているかもしれない。

金沢駅から特急サンダーバードに乗る。
福井方面へ向かう通勤客で割と混雑していた。

山中温泉へ行くには、電車バスを乗り継ぐ必要がある。
どちらも本数が少ない。
こういう時、車を運転できれば良いのだがペーパーなのだ。

金沢から20分ほどで加賀温泉駅に着く。

平日の朝。
降りる客も乗る客もほとんどいない。
少し不安になりながら改札まで歩く。

駅前は開けたロータリーになっていた。
停留所はすぐ側にある。

金沢とは打って変わって静かだ。
まるで世界が止まってしまったかのよう。
ベンチに座ると朝日がさしてくる。まぶしい。

山中温泉行のバスが到着。
自分と地元のおばあさん、乗客は二人だけだ。

温泉街は突然に

山中や菊はたおらぬ湯の匂

『奥の細道』より
山中温泉について芭蕉が詠んだ句

「この山中、温泉に入ると命も延びたように思われ、湧き出る湯の匂いは、寿命が延びるという菊の香も及ばないほどだ。これなら、菊を折るにも及ばないことだ。」

現代語訳
俳句の教科書 より引用
https://haiku-textbook.com/yamanakaya/#i-3

バスを降り、息を吸う。
澄んだ空気が肺いっぱいに入ってきた。
山麓の土地特有の、冷たくて素直な大気だ。

加賀温泉駅前の開けた光景から一転、両側に山が迫っている。

本当にここが1000年以上の歴史を持つ温泉地なんだろうか。

バスターミナルから歩き始めて、そう思った。

道沿いには銀行やら商店が立ち並び
観光客どころか地元の人すら見かけない。
聞こえるのは選挙カーの騒がしい声だけ。
まるで日常だ。

だんだん心細くなってくる。

山中座広場から山中温泉菊の湯(女湯)

それは突然だった。

県道を折れると、急に視界が開け、仰々しい建物が現れた。
山中座広場と呼ばれる山中温泉の中心地だ。
ほんのりと甘い香りがした。

いざ、入浴

総湯 菊の湯(男湯)

山中温泉の共同浴場

熱っっっっっ!

温泉の熱気だろうか、サウナのような暑苦しい空気が充満している。

大浴場は中央に大きい内湯が一つのシンプルなつくり。
湯船につかると、思ったより深いことにも驚く。1mほどあるという。
天井を見上げると、これもまた高い。

息を吸うと微かに匂いがして、気分が良くなる。
なるほど、これは、いい。

しかし熱さに耐え切れず直ぐに上がる。
脱衣所の椅子に座り、しばらく熱を覚ます。

別れの地

ホクホクになりながら菊の湯を出る。
時刻はまだ10時を回ったあたり。
山代温泉に向かうバスが出るのは12時ごろだ。

今日よりや 書き付け消さん 笠の露

芭蕉が山中で弟子の曾良と別れる際に詠んだ句

近くの山中芭蕉の館に立ち寄る。
元は旅館だった建物を利用しているようだ。

芭蕉関連の資料や地場の名産品、山中漆器の展示などがあった。

あまり旅先で長居をしない芭蕉。
しかし山中温泉には9日間も滞在したとか。

理由は弟子の曾良の体調が悪かったから、らしい。
(さらに山奥にある古九谷焼窯を偵察していたから、という説も。)

朝方にもかかわらず薄暗い室内。
まるで陰影礼賛の世界だなぁ。

こういう町に長居してみたい

ゆげ街道
山中温泉のメインストリート

「こういう町にしばらく滞在出来たらなぁ…」

近くの森から聞こえてくる鳥のさえずり。
瓦屋根の日本家屋が立ち並び、その向こうには青々とした山。

長閑、という言葉が一番よく似合う。

底知れぬ深緑


ゆげ街道を左に折れて、鶴仙渓への坂道を下る。
湿った土のにおいが強くなる。

しばらく歩くと、こおろぎ橋が見えてきた。

こおろぎ橋

鶴仙渓に架かる総ひのきの造りの橋で、山中温泉を代表する名勝地です。四季折々の風情、日本の情緒が感じられ、一年を通じて多くの観光客が訪れます。「こおろぎ」の名の由来は、かつて行路が極めて危なかったので「行路危(こうろぎ)」と称されたとも、秋の夜に鳴くこおろぎの声に由来するとも言われています。

山中温泉
https://www.yamanaka-spa.or.jp/highlights/landmark
こおろぎ橋からの景色

思わず時間を忘れて立ち止まってしまう光景だった。

橋の欄干が腰より下ぐらいまでの高さしかないため
橋から見る景色が、一層近くに感じられる。
気を抜いたら滑って落っこちそうだ。

下を覗き込むと、大聖寺川が勢いよく流れている。
深緑の底知れない流れに足がすくむ。

こおろぎ橋
吸い込まれそうな緑色

鉄人スイーツと渓谷歩き

こおろぎ橋から鶴仙渓遊歩道を歩く。
川沿いの林道は歩いているだけで気持ち良い。

鶴仙渓遊歩道

ここで、甘いもの好きの皆様に耳寄り情報です。
なんと鶴仙渓川床では、あの料理の鉄人
道場六三郎さん監修のスイーツをいただくことができるのです。

山中温泉に来た理由の一つに、道場スイーツを食べてみたかった
というのもあるのだ。

提供されているのは冷製抹茶しるこ川床ロールの二種類。
渓谷歩きで喉が渇いていたので抹茶しるこを注文。

道場スイーツ
冷製抹茶しるこ
山中漆器
に入れられた加賀棒茶

美味いっっっっ。

思わず口に出して言ってしまった。
いや、さっきから独り言が多いのはわかってるんだけども。

それぐらい、本当に美味しかった。

抹茶しるこはもちろん、驚いたのは一緒に出てきた加賀棒茶。
飲むたびに控えめな甘みお茶の香りが鼻から抜けていく。
これがしるこに良く合うのだ。

それに器の山中漆器もまた良い。
綺麗な木目と心地よい手触り
手に馴染んで、いつまでも触っていたくなる。

川床から見る景色も最高だった。
畳に座り、目の前を流れる大聖寺川を見ていると
いつまでもこうしていたい気分になる。

ハッとして時計を見ると、帰りのバスが来る時刻が迫っていた。
名残惜しさを感じながら鶴仙渓を後にする。

あやとり橋

しばらく鶴仙渓を歩いていると、グニャグニャした鉄橋が見えてくる。
有名な芸術家の作品らしい。
恐る恐る渡ってみる。

曲がっているような、真っすぐなような。
不思議な感覚だ。

橋の上からは先ほどまでいた川床が見える

しばらく橋の上から鶴仙渓を眺める。
またこの温泉に来ることはあるんだろうか…。
来るとしたらいつ頃になるんだろう。

名残惜しさを感じながら、そのままバスターミナルへ。

次は魯山人が滞在したという名湯、山代温泉へ向かう。
時刻は昼を少し回ったところだった。

次回:色彩の温泉街


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