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「何の研究をしてるの?」に秘められた地雷

大学院生あるある、といっても過言ではない。

久々にあった友人や親戚、そしてたまに行く美容院。そういった場所で聞かれがちで、しかしあまり聞いて欲しくない一言。

「今、何の研究をしているの?」

おそらく、今あなたが大学院生ではない立場で、周囲にとても嫌いな人がいて、その人が大学院生ならば、この言葉をかけてやればなめくじに塩をかけた時に近いような反応を見せるだろう。

ただし、質問者自身も大学院生ならばその質問はだめだ。奴らは同胞相手に嬉々として、研究に関して永遠に語り始める。(おそらく。)


普通の人は「大学院生で、研究ばかりしているんだから、自分のやっている研究くらい説明できるでしょ」と思うかもしれない。しかし、その一言は、我々に一瞬で大きなダメージを与えるのだ。

大学院生ともなれば、研究は深く深く専門的で、同じ研究科であっても隣の人が何をしているか理解できない、という風景がよく見られる。

冒頭の質問は、

その専門的なものを全く知識のない一般の人々に一瞬でわかりやすく解説し、

かつ場の雰囲気を冷めさせないことを求められる。


そう、ただでさえ孤独に研究していることが多い大学院生にとって、学会における質疑応答レベルに高度な質問なのだ。


美容院で場つなぎ程度に「大学院生なんですかあ!すごいっすね!研究?とかするんすよね?何の研究してるんすか?」と聞かれた時には一瞬で地獄に落ちたときのような気持ちになる。

例えるならば、掴んでいた蜘蛛の糸を切られたかのような絶望感。ただ美容室にいたはずなのに、いつの間にか絶望させられているのだ。

一体なぜ…?


一応、我々も普段研究ばかりに使っている頭をフル回転させる。

どういった言い回しがわかりやすい…どうせ研究に興味があるわけではないんだ、専門用語は入れてはいけない…これならば一般受けするか…?

そして覚悟を決めて軽いトーンで言ってみる。

ここで大事なのは「軽い」という部分だ。


「う〜ん、◯◯に関して分析したり、◯◯の歴史を整理したりして…うまく◯◯を子どもたちに興味を持ってもらえたり、教育にもっと生かせたりする方法を探ってますね!」

「へぇ〜そうなんだ。」

それで終わりかよ。


お分かりいただけるだろうか。

我々がどれだけ端的に、わかりやすく説明をしたところで、結局のところ一般の方々は研究なぞに興味がないのだ。

もはや、「へえ〜そうなんだ」が逆枕詞である。

「へえ〜そうなんだ」を引き出すために、「どんな研究をしているの?」という問いを投げかけられているといっても過言ではない。

こちらの身分が大学院生と知ったから、「何の研究をしているの?」と聞いただけなのだ。それ以上でも以下でもない。

それは「ハローハウアーユー?」と聞かれたら「アイムファインサンキュー」と答えなくてはいけない英語の教科書と同じだ。

これを一言で表せば、日常に秘められた苦行なのだ。


こちらがどれだけ改善を繰り返しても、返ってくるのは「へえ〜そうなんだ」

しかし健気な大学院生・私はこの一年半、聞かれるたびに改善を試みた。

そして改善の結果、

初対面の人に大学院生という身分を明かすことをやめた。


「社会人ですか?」「そうなんです〜!」

これが一番ベストな回答なのだ。

大学院生と書いて社会不適合者と読まざるを得ない以上、私にできることは社会人に擬態することのみである。

たとえ内定がなくても、社会人には擬態できる。



涙を拭って、今日もパソコンを立ち上げる。

そして、「へえ〜そうなんだ」と切って捨てられた研究を今日も愛でる。


なあ私の研究。お前だけは、最後まで私がきちんと可愛がってやるからな…。

なんだか、今日も夜が長くなりそうだ。