恋のはじまり

誰もいなくなった 校庭の片隅で
ひとり 蹲ったまま

大きなクスの木の下で
膝を抱えて 丸くなっていた

かける言葉がみつからなかった

黙って近寄る僕をみつけて
君は 怪訝そうな目を向けた

思い浮かんだ たった ひとこと
『帰ろう』

言い終わらないうちに
差し出した 僕の手を
君は うつむいたまま
そっと掴んだ

ふたりとも 黙ったままの 帰り道
つながれた手と手には
いつのまにか 力が入っていた

右と左に分かれる交差点の手前で
君は かぼそい声で 言った
『ありがとう』

『うん』としか 言えなくて
しばらく 君の背中を 見ていた

つないでいた手を離し 背中を見送ることが
とても淋しいことだと感じた

恋が始まっているのだと
幼い僕は 知る由もなく
ただ 君を 見送っていた

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