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ゾンビ1000参加作品|共感

「共感すると発症するんだって」
「え?」
「だから、誰かに共感すると発症するんだって。この病気」

 窓から見える風景は、ゾンビ映画そのものだった。薄青い街灯に照らされて、徘徊する人々。のろのろとした動きには現実味がなく、わざとらしささえ、感じる。
 一ヶ月前、正体不明のウィルスが発見された。そのウィルスに感染すると、身体機能は正常なまま、意思を失うらしい。
 不思議と発症した人間からは感染しないらしく、彼らは隔離されることもなく、こうして街を徘徊している。家族は連れ戻しに来ないのか。それとも家族全員が発症してしまったのか......。

 こんな状況なのに、不思議と世界はきちんとまわっていた。電気や水道が止まることもなく、ネットで買った物も注文した翌日には玄関の前に置かれている。

 どうしても出社しなければと、出掛けていった父が発症した。仕事ばかりで無口な父に共感してもらった記憶はないが、職場には共感できる誰かがいたのか。
 母と妹はわんわん泣いたが、私はリアルに思えず、涙が出ない。

 朝起きると、父が家からいなくなっていた。母と妹は私に探してこいと言う。お姉ちゃんなら、大丈夫だと。あの時、一緒に泣かなかったからなのか。

 玄関の扉を開けると、女性が立っていた。感染者か。
「305号室の人だよ。かわいそう。お姉ちゃん、家まで連れて行ってあげなよ」
 後ろから妹が言う。
 私は恐る恐る女性の手を取り、下の階へ向かう。彼女の家の扉を開けると、男性が立っていた。
「あの、勝手に開けてすみません。奥様がウチの前にいたので......」
声をかけたが、男性は黙ったまま。彼も感染者かもしれない。
「ありがとう」
掠れた声が聞こえ、私はビクっと肩を震わせた。焦点の定まらない、男性の目から一筋の涙がこぼれるのを見て、胸がズキンと痛んだが、怖くなり、無言で立ち去る。

 父は見つからなかった。母と妹は、また涙を流し、私が連れ帰った女性の話に、さらに「かわいそう」を連呼して泣いた。

 翌朝。何だか頭がぼんやりする。思考がうまくまとまらない。母と妹に「おはよう」と声をかけるが、耳に届いた声は他人のもののように響く。二人が何か話しているが、何を言っているのか、理解できない。
 ああ、発症したのか----。
 母と妹が涙を流しているのが見える。消えゆく思考の片隅で、私は思った。共感とは何なのか、と。

(981字)


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