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喜久水庵 ずんだソフト

「こないだ来たばっかりなのに、もう帰省するの?」

アオバは目を丸くして言った。

東京の大学行くのなんて、うちらからしたら普通だよ、と見え透いたウソをついて、どうにかこうにか許してもらった東京での一人暮らし。
初めての試験がようやく一段落したある日。ランチの話題は、ただただ長い初めての夏休みの計画に及んだ。

「レイ実家どこだっけ?」
「仙台」
「仙台って、青森だっけ?秋田?」
「宮城県だよ。青森の"下の下"」
「あーわかった、震災のとこだ。大丈夫だった?」
「うちは大丈夫だったよ。親戚は家流されたりしてる人いるけど」
「まじかー」

実家の話になると、どうしても震災のことに触れないわけにはいかないのだが、アオバも他の友だちも、ここで暗い話題を話したいわけではないだろうし、話題を変えることにした。

「夏休みは帰ることにしてたんだよね」
親もうるさいし、と言いかけて、飲み込んだ。
確かに両親は帰っておいで、としつこく言ってきてはいたが、あくまでわたしは、自分の意志で帰省するからだ。

帰りたいのは、とにかく、不自由なく「話がしたい」からだ。

東京のキャンパスで、東北なまりが、こんなに哀しく、絶望的に響くものだとは思わなかった。

まず、自分のことを「ワタシ」と言えないのだ。
わたしの「ワタシ」は、「ワタシ」ではない。
まぎれもなく「ワダシ」だったのだ。

入学して数ヶ月、わたしはできるだけ「ワダシ」を使わないように使わないように、友だちと服の話、イケメンの話、授業の話をし続けて、正直疲れ切っていたのだ。

コーデもちゃんと研究したし、黒髪のままでも十分"Cawaii"みたいだからわざと髪は黒いままにしたし、けっこう自分では短期間に東京に順応していたつもりだった。
でも「ワダシ」だけは、どうにもならなかった。

「おみやげ買ってくるからさ」
わたしはこの話題にあからさまにピリオドを打ちに行き、もう聞かないでくれ、というしるしに、食器を片付けた。

軋む高速バスに揺られて、仙台駅前に着いた。

7月とは思えない寒さに、寒っ、と思わず声が出た。

相変わらずだな、この空。
仙台は基本的に天気が悪い。
実家にいる頃、抜けるような青空なんて、ほとんど記憶にない。

とりあえず駅前からアーケードを歩くことにした。
まだ夜明けで、人はまばらだ。

野菜売りの露天が開店の準備をしていた。
夫婦らしき二人が、楽しげに話をしている。
その話し声を聞いているうちに、わたしはこのまま実家に帰るより、少し離れたところに暮らすおばあちゃんに会いたいと思った。

「ワタシ」は「ワダシ」。
ここでは、それでいい。
どれだけコーデを研究して、ナントカ系女子になっても、わたしにはこの血が流れている。
それでいい。

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喜久水庵 ずんだソフト

しあわせ度:★★★★★
目新しさ:★★★★☆
見つけやすさ:★☆☆☆☆
コスパ:★★☆☆☆

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