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初めましての方に読んでほしい厳選noteまとめ

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ご訪問ありがとうございます。個人的満足度の高いnoteのまとめです。
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何者かになりたいと願う

今日は昨日まで夏の気候だったのが信じられないくらい秋の気候だ。窓から流れ込む涼しい風が心地良くて、うたた寝どころかだいぶ昼寝をしてしまった。"昼寝"という睡眠時間はなんだかとても贅沢に感じる一方で、寝すぎた時の時間を無駄にしてしまったな...というあのなんとも言えない虚しさが少し恐ろしい。暑くて寝苦しい夏はもう終わったのだろうか。まだもう少し、畳の上で大の字に寝転がっていたい。 🔁 中学後半だっただろうか、それとも高校前半だったろうか。明確に覚えているわけではないが、「モ

カメレオン人間

コツコツと就活記事の感想を書いていたはずなのに下書きどっかいった.....。オーマイガー、、、って感じだけれど、この土日はワンキャリアライブを観れたので大満足。合同説明会をYouTubeで!ってすごく便利だよね。もうラジオ感覚だもん。 そういえば使っている就活アプリのnoteもそろそろ更新したいな....と思っている。 * 今日はカメレオン人間の話。 どんな色にもなれるっていうのが自分の"色" つまり「状況に応じて何者にでもなれる」ということ そんな話が少ししたかっ

「頑張ってるね」って言われることが苦しい

なんていう悩みは贅沢だろうか。せっかく「頑張っているね」と褒めてもらえてるのに、それを素直に受け止められないなんて、贅沢な悩みなのだろうか。 でも私はもう頑張ってるねって言われたくない。頑張ってるなんて言って、私の努力を勝手に認めないで。 自分で自分を許せない。私はどちらかといえば「頑張っているね」とよく言ってもらえる人間だ。でもそれって本当に頑張っているわけではなくて、「頑張っているフリ」をするのがうまいっていうことでもあるみたいな感じがする。 私はまだ頑張っていない

突然求められる「個性」

「個性」については何度かnoteでも触れているが、(何度か、と言いつつ以下の記事しか引用できなかったけれど) 今日は改めて自己分析(就活)をしていて思ったことを書いてみるとする。時間の余裕がないので少しだけ。 私は教職課程を履修しているので「子供の『個性』を伸ばす教育を!!」ということに力が入れられていることはなんとなく分かっている。それに賛成かどうかは別の話だけれど、大切にされるのは常に個性。1人1人の長所を生かして〜〜それぞれが活躍できるような〜〜"他の多くの人とは違う

ここから逃げる勇気は、そこにないものを掴む勇気だと思いたい。

昨日の続きのようなもの。 昨日のことを今日散歩しながら考えていたけれど、いつまでも最適解が出せないような気がしてモヤモヤしている。まぁこの「最適解」の定義がまず難しいんだけれど....。 「どうして私は頑張り続けられたのか」と考えていただけれど、やっぱり頑張り続ける苦しさより 逃げる苦しさの方がずっとずっと大きかったからのように思える。こういうことを言うと面接と呼ばれるものではマイナス評価かもしれないけれど...。 逃げることには頑張り続けるよりも大きな"勇気"が必要なよ

自分が傷つかないような距離を見つけること、相手を傷つけないような距離を見つけること

春休みが暇すぎる!!!と鬼のようにLINEを送ってくる友達に返信をしつつ、今はClubhouseを聴きつつ、今日は6時間のインターンシップを乗り越えた。 あまりにゆるい会社だと説明が丁寧=話が長い....ということで効率の悪いインターンのように感じてしまう。 ある意味これも1つの学びだ。 * 自分と他者との距離感、というものを人は「人付き合い」をしながら学んでいく。だから最初のうちはうまくいかなくて近しい人間と衝突するし、傷つくし、正直知らなくても良かったと思うような感

強い人

人というのは「誰にでも」自分の弱さを見せるわけではないと思っている。例えば信頼できる友達。例えば家族、兄弟姉妹。例えば恋人。自分をさらけ出しても良い、自分の弱さも知ってほしい、自分について知ってほしい....とか色々な思いを抱えながら、人は誰かに自分の「弱さ」を見せることがあるのだろう。 自分の弱さを、相手に受け入れてほしくて。自分の弱い部分も、相手に知って欲しくて。弱さを見せられるほど自分をさらけ出せる相手があなたなんだよ...ということを伝えたくて。あるいは自分の弱さを

"ゆずれない考え"は持つべきなのか?

「ロウソクの芯は熱くならないらしい」とカバー画像の説明のところに書いてあった。 ある程度の情熱や熱意を持って、芯を燃やしながら.....炎を上げながら....そういう生き方をしている方はどのくらいいるのだろう。 * 3連休で5社くらいES選考ありのインターンに応募してみた。結果はどうあれ結局は経験が大事だと思う部分もあるので若干の期待はしておきたい。 業界研究や企業研究をする中で多くの会社の経営理念や企業理念が目に入る。 そんな中で考えるのは「人はゆずれない考え、絶対的

誰かの人生の脇役になること

自分の人生は自分の好きなように生きたいし、与えられたステージで自分なりに頑張りたい。好きなことに熱中したいし、自分のことをわかってくれる友達だって欲しい。 あわよくば、ステージを見て盛大な拍手をしてくれる、そんな人がいる人生を送れたら素敵だ。 自分の人生の主役は自分に決まっている。とってもありきたりな言葉だ。主役は好きなようにステージの上で踊れるし歌えるし、好きなように感情を表現できる。 人生もそういう風に自由であると良いな。 もちろん責任が伴うとわかった上で。 自

無関心は、優しさ?

「どうでもいい」という言葉は便利である。 その一言で全てを片付けてしまえるから。 つまりその一言だけで相手を突き放してるってことなのかもしれない。 会話の中で「どうでもいい」なんて相手に言われたら、良い気持ちがしないことが多いのではないだろうか。 自分が何か話題をふったとして、それを「どうでもいい」の一言で片付けられてしまったら、人間関係が一瞬で終わってしまう気さえする。 もちろんこの「どうでもいい」は仲の良い友達同士で言う、例えば「〇〇ちゃん彼氏できたらしいよ〜」

個性が求められることの怖さ

毎週水曜日の道徳教育の授業。 最近は1週間で1番この授業を楽しみにしている。 そんな授業を受けて考えたことのお話だ。 🔁 個性的である、とはどういうことか。 凡庸さの中にあって一際目立つのが「個性」である。 個性があるのは良いことだ 個性的なのは価値があることだ そんな言葉をよく耳にする。 でも本当にそうだろうか。 「個性」は怖い。 「個性」は周囲の凡庸な人間の存在によってこそ生み出されるものだから。 凡庸な存在があってこその「個性」の際立ちだから。

"うまく生きる"ってどういうことだろうね

うまく生きる、器用に生きるというのがどんなことなのか。 一生かかっても答えは出せないかもしれないけれど、この問いについて少し考えてみたい。 私は自分で自分の生き方を"ヘタクソ"だと思う一方で、 自分の周囲の人間で「この人はうまく生きているなぁ」と思う人を見つけては その人のように生きるためにはどうすれば良いのかを考えてきた。 もちろんその人の生き方に憧れても、ただそれを真似するわけではない。 その人の生き方を、自分の中でどういう形に再度創り出せるかを考えるのだ。

正しいものは本当に正しいのかと問え

世の中には一般的に「正しい」と言われるような考え方が行動がある。その場にふさわしいであろう言動がある。 私たちは小さい頃から小学校などで教育を受け、総合的な学習の時間や道徳の授業で公徳心というか、いわゆる世の中で「一般的に正しいと言われている考え方」みたいなものを学ぶ。 小さい頃、先生の期待に応えようと、あるいは先生が願っているようないわゆる"模範解答"を言うことが出来る生徒は1つのクラスに一定数はいなかっただろうか。 先生が求めている答えはもうわかっている。だから自分

知りたいけれど、全部を知りたいわけじゃない

人間関係って難しいよね。相手の考えていることが全部わかるわけがないし、逆に全部わかってしまっても怖い。なんでも自分の感情が相手に見通されている状態で会話をするなんて、腹の探り合いになってしまいそうだ。 どんなときも、嘘はつけないだろう。 世の中にはついていい嘘....いわゆる、誰かが幸せになるような嘘、もあるけれど、やっぱり「嘘」という言葉にはマイナスのイメージも常につきまとう。 嘘をついたら相手を傷つけるかもしれないし、相手のことを思ってついた嘘によって、自分は傷ついて