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空き地の草むらの車【シロクマ文芸部】

走らない壊れた車が停めてある空き地があった。サビだらけで元は何色だったかもわからない。商店街の通りから見える草むらにポツンと置かれていた。 何年 そこに置かれているんだろう。
幼稚園の頃から僕はいつもその車の近くに行ってみたいと思っていのだけれど、人の敷地に入らなくてはいけないので我慢していた。
しかし ある雨の秋の午後、その車に近づいていく赤い傘を見た。あの赤い傘は…。僕は 思い切って その敷地に入って行った。運動靴はぬかるんだ泥と草の水を吸ってすぐに靴下まで濡れてしまった。雨が傘を叩く音と草むらを叩く音、 そんなサーッとした 音だけが周りを包んでいる 。すぐに車の前に着いた。
赤い傘が佇んでいる。傘を差しているのは思った通り、クラスメイトのミーナだった。昨日、ミーナこと美那はみんなの前で転校の挨拶をした。日曜日に引っ越して連休明けの来週からはもう学校に来ない。
僕が近づくとミーナは振り向いた。
「引っ越す前にこの車を近くでみたかったから」
そう言い訳した。
僕はうなずいた。
そうだ、ミーナは幼稚園も一緒だった。幼稚園の行き帰り、みんな歩みを遅くしてこの車を興味深く眺めた。引率の先生がそれに気がついて「近くに行っちゃだめよ」といつも注意するのだった。
二人で車の中を覗く。車の中も車の外側と同じように色褪せてボロボロだった。
ミーナが車のドアに手をかける。ドアは開いた。ミーナは僕を振り返る。僕はまたうなずく。ミーナが運転席に、僕は助手席に乗りこんだ。

走らない車は、飛ぶ車だった。
遠く記憶のかなたへ、時のかなたへ、空へ。
僕たちは雨の中、錆びた走らない車の中で雨の音を聞きながら、確かに懐かしい景色を見たし、晴れてどこまでも続く未来の青空も見た気がした。
「またね」
ミーナは赤い傘を差して行ってしまった。
「うん、また」
僕は青い傘を差して彼女を見送った。
冬休みになり、その空き地は整備され車はどこかへ消えてしまった。
ミーナからは年賀状が、届いた。

(了)

Mさんにこのお話にぴったりというか、聞くとさらに良い感じになる曲を教えていただいたので貼ってみます。
Mさん、ありがとうございます✨


*小牧幸助さんの企画に参加しています。


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