バターを滴らせながら食べる、背徳のレーズンパン。

『黄昏の彼女たち』サラ・ウォーターズ著

私はかなり感化されやすいほうで、作中で美味しそうに食事しているシーンがあると、自分もお腹が空いてきます。今回のお題であるスイーツで紹介したい作品は、イギリスの小説家サラ・ウォーターズの『黄昏の彼女たち』で食べられたレーズンパンです。

女性同士の不倫を軸に、第一次世界大戦前後の混乱と、女性蔑視、女性の社会進出を扱い、上下巻に分かれたなかなかの重量がある作品です。

あらすじは、戦争により男家族と収入を失い、没落した上流階級のフランシスという女性が、家計のために家の一部を若夫婦に貸し出すところから始まり、フランシスは奥さんと不倫関係になります。不倫と、当時は認められなかった同性愛を、ひとつ屋根の下で行うハイリスクな行為もあってか、ふたりの仲は熱烈に燃え上がります。決定的な出来事が起こり、ふたりの関係はピンチに陥るのですが、ここは割愛。刺激的なシーンが多いなかで特に印象に残っているのが、フランシスが元カノと食べるレーズンパンです。

同居人と不倫しながら、元カノともまだつながっている主人公フランシス。気の多い女です。しかも月1にわざわざ手土産もって自分から出向くほどの惚れっぷり。元カノが新しい恋人と暮らす部屋にわざわざ行き、汚い部屋わたしなら整頓しておくのにと内心で自分と比較し、新恋人が仕事でいない時間を狙って訪ねる念の入れよう。友達として会ってるの、と自分にも元カノにも言い聞かせて、ふたりで食べる手土産のレーズンパンの背徳感が、たまりません。

小さな電気ストーブを温め、そのうえに二切れ切り取ったレーズンパンをのせてこんがり焼き、仕上げにバターを塗ります。この、バターのとろける表現がとてもおいしそうなのです。パンに食いつくとバターがあごを伝って滴るので、皿で受け止めながら、アツアツのレーズンパンを平らげます。雑然とした元カノの部屋をパンの香ばしい香りで満たし、ふたり分のスペースを床に確保して、電気ストーブを囲み、座り込んで食べる無造作な時間。床に座り込むという行為が、欧米では雑な動作に思え(個人の印象です)、心惹かれます。バターで口元をべたつかせている間も、フランシスはずっーと元カノのことを考えています。また髪型が変わってるとか、自分が彼女にひとめぼれした当時の面影を常に探し、新しい恋人が突然帰ってきたりしないかしらと頭の隅で緊張する。

上流階級であるフランシスが、彼女の生まれから求められている女性像から逸脱する行為が、レーズンパンを食べるシーンに詰まっています。


#本

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