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自分のことは棚に置いておいて、他人の家庭事情は常に気になる

※読書感想文ですが、感情強めです。

『三千円の使いかた』 
著 原田ひ香

仕事と結婚、家庭内での役割や家計管理に悩む御厨家の女性たちは、同じ町に住む家族であるが、それぞれ生きるステージも、悩みも、考えの深度も違う。

この作品は73歳の琴子、その息子の嫁である55歳の智子、さらにその娘の長女29歳真帆、次女の美帆24歳の、三世代四人のそれぞれの視点から、人生と家計について考えるストーリーだ。

「年齢で他人を見るなんて下品だ」という意見も最もだが、私は見てしまう。年齢とはつまり肉体の老化であって、残りの寿命でもある。限られた時間で、衰えていく体力で、やれることは限られるからだ。

人生のこのタイミングで成そうとしている、あるいは成している。それを客観的に計れるのが年齢。

読者である私は、年齢や条件の近い24歳新卒2年目の美帆と、29歳専業主婦で子どもと夫と3人ぐらしの真帆に感情移入してしまう。自分と対比して、イライラしたり、共感したり。それくらい感情移入を揺さぶられる内容で、「ああ、ありそう。きっと現実にはもっとスゴい(ひどい)人がいるのだろう」と思う。

そう思えるのは、各主人公たちの悩みが私にも降り掛かっているからだ。結婚、仕事、貯金、子ども……同じ悩みを持つ者同士、どう解消しようとしているかは気になるところ。そして、彼女らの立場や思考回路を理解し、自分や知人たちと比較し、一喜一憂する。

本人の努力というより、産まれた家がいい環境だっただけじゃん!運じゃないか!それに主人公はあぐらをかいているようにしか思えない! と憤る私。

ここで終わらないのが複数主人公を置いているこの作品のとても良いところで、違う主人公の視点から語られる別の角度で、私はスッキリしたりする。その安心感があるからか、最後まで一気読みした。

例えば、真帆は親子3人で食費を月2万円におさえており、節約に頑張っていると自負する場面がある。食費月2万円。すごい。外食や惣菜には頼らず、専業主婦の時間の多さを利用して料理を手料理を欠かさない、というわけなのだが、どうしても納得がいかない。

モヤモヤする。3人で食費が月2万??
なんだそりゃ。米も野菜も実家からもらってま〜す!とかか? それも自分で切り詰めた節約の内に入れてるのかこのスネかじりめ!!

と思えば、彼女の祖母•琴子視点からモヤモヤは解消される。

真帆は祖母や母の家に頻繁に出入りして、お昼や夕飯を当然のように食っていくだけでなく、作りおきのおかずや戴き物までいけしゃあしゃあと「ちょうだい!」とかっさらっていたのである。その図々しさから、「さながらちびっこギャング」と、母と祖母から苦笑されている、という描写で、家事にはズボラな私はホッとした。

登場人物と自分を比較し、イライラしたり腑に落ちたりと、とても引き込まれる。

それは、彼女たちと共感するだけではない。私自身も、同じ悩みを抱えているからだ。

私も結婚して仕事を辞めた。いまはフルパートで収入を得ているが、このままでいいのだろうかと、毎日自問している。

夫ふたりで家計を共にしたときから、独身の頃は見えなかった将来が、明確に見えるようになった。それは、子どもやマイホーム、親の介護、老後の心配という、明るくも不安の募る未来地図。

ほかの家庭はどうやってこの不安を乗り越えているのだろう。ネットで検索したり、友人の家庭のことを聞いたりして、情報収集で悩みを紛らわせる。だが、それも杞憂といえばそうなのだ。未来は誰にもわからない。だから備えるためには家計を見直して、貯金をするよう努める。

この小説の『三千円の使いかた』は、ネットにたくさん転がっている信じ過ぎたら毒な体験談のように私を惹きつけ、大切な友人に「そっちの旦那はどう? 家庭は? 生活は順調? お金の不安とかないの?」と根掘り葉掘り聞きたくなる不躾な感情を受け止めてくれた。

その後もずんずん読んで、ラストは身をつまされる奨学金の話だった。

美帆の新しい彼氏は「早く家庭を持ちたい、結婚を意識している」と意欲的な新卒1年目。そんな年下の彼氏が利子込で700万ほどの奨学金の返済を抱えている、と知った美帆は愕然とする。

付き合い始めたばかりの彼氏のことは気に入っているし、結婚も早くから真面目に考えてくれる人だ。しかし、すでに莫大な借金がある。しかも彼の家庭はお金に無頓着そうで、美帆が育ってきた家庭環境とはだいぶ違いそうな人たちだ。つまり、価値観が合わない。

私にも奨学金の返済があるので、これもまた我が身のように読んでしまった。大学生活は望んだ通り素晴らしい体験だったから、奨学金はあの4年間のために支払っている代価なのだと、納得して返済している。奨学金の手続きも返済も、高校卒業間近と大学での定期ガイダンスに参加して行ったので、「進学のために自分で奨学金を借りた」認識が強い。

それが当たり前だと思っていた……のだが。

この作品での奨学金は、彼氏が自分で申請したものではなく、親が勝手に借りたもので、払えなくなったところで彼氏に「お前のために借りたものだから、今後は自己責任で払って」と押し付けられてしまったものだ。

そういった経緯なので、美帆は「親の責任であり、返済の義務はないのでは」とも発言する。これは、いずれ夫になるかもしれない相手と負債を共有する不安から出た言葉であろう。無責任な発言だな、と思う。どちらにしろ夫婦になってしまえば親類としてつながるため、返済の責任は付きまとうだろうと私は感じた。

美帆は甘い。彼氏も甘い。甘甘だ。まだ24歳同士のカップルだ。こんなものだろう。私もバカだった。いまも年輩者から見えばバカに見えるだろうが。


結婚はふたりだけの世界で作り上げるものではないのだから。

それを指摘してくれるのは、彼女の母である智子。強い言葉で結婚を反対する。だが決してヒステリックになっているわけではない。反対である理由を説明した上で、強い態度でも示す。聡明な母なのである。

そうだ!もっと言ってやれ!!もっとちゃんと話し合ってから悩め!すっごく悩んだつもりでも、飲み込んでいたつもりでも、それでも離婚を考えるのが結婚だ!家族になるのは甘くない!!

だが、私の思いとは裏腹に、御厨家の『次女結婚問題 〜奨学金という借金を抱えて〜』は意外な解決策で締められた。

意外すぎて、もう、ちょっと、ふざけんじゃねぇ!と怒りたくなった。いや、他人の家庭や借金がどうであろうと、私には関係ないのにね。

でも、だとしてもこの奨学金解決策はペラペラと他言して良いものではないことだろう。
平たく言えば運がいいだけ、なのだから…。

奨学金はこれで解決するかもしれないけど、結婚する条件でまず金の問題が浮上し、家族総出で解決にあたる必要って、もう本当に、結婚とは家同士のこと、を印象づけられてしまうし、家族仲を見せつけられる。

ラストは、これから先、上手くいくのかな? うーん……とやきもきする読み心地。

他人の家庭などプライベートなことにこんなに悶々とするなんて、これが実在する友人知人の話であったら、私は立派な「自分のことは世話焼きかなにかだと思い込んでいるゴシップ好きのクソババア」だ。

あー、これが小説でよかったぁ!

#読書の秋2021

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