見出し画像

石垣りん『朝のあかり』中公文庫

昭和の女性詩人石垣りんは14歳で丸の内の銀行に就職し、家族の唯一の稼ぎ手として働きながら詩を書いた。銀行の組合関係の機関誌に詩を発表したのがきっかけで詩人として歩み始めた。この本は彼女のエッセイをまとめたもの。寝る前に少しずつ読んだ。

石垣りんの詩集『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』を読んだことがあって、その日々の生活から生まれた力のある詩に感銘を受けたが、またそれを通して昭和という時代が感じられるのも面白かった。このエッセイでも、たとえば正月には女性社員は振袖で出る習慣だったが、そのうち初日に休む者が増え、やがて洋服で来るものが出はじめたという話や、丸の内のビル前で二人の老女が長いこと靴磨きをしていたという話。結婚のプレッシャーと「オールド・ミス」、「ひのえうま」などの言葉。また、筆者が住んでいるマンションの前の川に、近所の人がごみを平気で捨てる話など。ああ、昭和ってそんな感じだったんだよねぇと思い返した。

りんは若い頃から家族を養ってきたけれど、家族とはあまり仲が良くなくて、それを正直に詩にも書いている。また、学歴のない女は会社でどんなにがんばっても昇進などしないことへの悔しさや諦め、会社の制服は若い女性が着て見栄えがするようなデザインだが定年も近い女性社員も同じ制服を着ることになる苦々しさなど、ひとりの女の正直な気持ちが綴られている。

そんな味気ない生活を送る彼女にとって詩を書くことだけが生きがいだったというのはよくわかる。そしてその詩には、安い月給でもとにかく日々働いて賃金を得ていた者がその眼で見た社会が映されている。フェミニズムとか富の偏りとか大上段に構えることなく、一事務員として体感されたものがあるのだ。実家も職場も居心地がいい場所でなかった彼女にとって、詩作という第3の場があったことは幸福なことだった。詩人としての彼女は銀行員としての彼女とは別人のような光を放っていたのではないか。

ところでこの本は「はたらく」「ひとりで暮らす」などテーマでカテゴライズされているため、読んでいると時間軸が混乱しがち。カテゴリーに分けたりせずに時間順に読みたかったかもしれない。だってわたしたちの生活にカテゴリーなんかない。すべてごっちゃで生きているのだから。



(古いものシリーズはこれで突然に終了。物を出してくるのが面倒くさくなってしまった。そのうち復活するかも?)


この記事が参加している募集

#読書感想文

187,975件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?