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マリオ・ガルバス=リョサ『ケルト人の夢』野谷文昭訳、岩波書店

やっと読み終えた!忙しくて時間がなかなか取れなかったのもあるが、なにより長かった!しかしアイルランドのイースター蜂起でドイツ軍からの協力を得ながら蜂起に参加し、イギリスへの反逆罪で絞首刑になってしまうロジャー・ケイスメントが主人公の小説なので、読まずにはいられないのである。

綿密な調査に基づいているとはいえこれは歴史小説なので、読みながらどの程度フィクションなのかが気になった。特に同性愛のスキャンダルで知られる「黒い日記」のあたりはリョサの創作がかなり入っている感じだった。ほんとうのところ、どうだったのか。

ケイスメントのことをわたしはイギリス人かと思っていたし、外交に活躍したエリートのイメージを持っていて、なぜ彼がアイルランド独立をめざす蜂起に参加したのか疑問に思っていた。この小説によると、彼はドイツ軍と協力してでなければ失敗すると考え、蜂起の計画には必ずしも賛成でなかったらしい。この蜂起をケイスメント側から見たらどう見えたかがわかって興味深かった。しかし、白人が現地人を虐待するコンゴでその活動を調査・報告して20年過ごし、その後コンゴよりさらにひどい状況のアマゾンでも同様の活動をして心身ともにぼろぼろに疲れた彼が、なぜ急にアイルランド独立のために尽くしたのか、いまひとつ腑に落ちなかった。

でも思うのだが、人間ってみんな矛盾の塊なんだろうな。目を覆うような残虐行為が行われていることをどうしてそんなに徹底して調べられたのか。正義感だけなのか。まるで自分を傷めつけようとしているような暮らしぶりはなぜなのか。コンゴとアマゾンについては彼のスタンスは一貫しているように見えるが、その後なぜアイルランドにのめり込んだのか。本人だってきっとうまく説明できないのではないか。

あと気になったのはコンラッドとの関係だ。二人はかなり親しく、コンラッドはケイスメントからアフリカについて多くの知識を得たらしいが、死刑判決が出たあと多くの作家や文化人が助命嘆願書に署名した際、コンラッドは拒否したらしい。『ケルト人の夢』でケイスメントが目撃した多くの虐待行為を知ったあとで『闇の奥』を読んだら、評価がちょっと変わりそうな気がする。

もしケイスメントが文学的素養を持っていて、小説を書いたとしたら、いったいどんな小説になっただろうと夢想した。




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