見出し画像

吉田修一『日曜日たち』講談社文庫

吉田修一の3冊め。たぶんこれでいったんおしまい。

日曜日の出来事がメインにある短編小説の連作。それだけじゃなくて、どの話にも家出してきた二人の兄弟の姿がある。最初、この兄弟は超現実的な存在なのかと思ったが、そうではなくリアルな登場人物だった。だけど、どことなく象徴的でもあるのだ。吉田修一は登場人物をありのままに描く、ハードなリアリズムの人かと思っていたが、そうでもないみたい。

たとえば「日曜日のエレベーター」は付きあっていた恋人のことを、主人公の青年は勝手に看護婦志望だと思っていたが、実は医師になろうと勉強していたことを知る。また、恋人のパスポートを見てしまい、彼女が韓国籍であったと知る。特に理由があったわけではなく二人はなんとなく別れてしまうのだが、その後、偶然に病院で医師となった彼女の姿を見かけるエンディングが切ない。「日曜日の新郎たち」は親戚の結婚式に出るために田舎から出てきた父親の観光につきあう息子の話。彼は恋人を事故で失くしており、その痛手から立ち直っていない。息子のことを気遣っていないようで気遣っている父親。それらの話に二人の家出兄弟がふっと姿を見せる。都会で暮らしている人々。たいした毎日ではないがそれなりに悩みを抱えている。つながってはいないのだが、実はみんなどこかでつながっているのかもしれないと思わせる。

ちょうどこれを読んでいたころ、東京のある電車内で何かのきっかけで人々がパニックになって車内を押しあって走り出すという出来事があった。そのとき撮られていた動画をネット上で見たが、誰かが中国語で「子どもがいるぞ!子どもがいるぞ!ここで止めるから子どもを逃がせ!」と必死で叫んでいた。その人は自分の身よりも見ず知らずの子どもを守ろうとしたのだ。

最後の短編「日曜日たち」は自分が危ない境遇にあるのに、保護施設に連れて来られた兄弟を守ろうとする女性の話。子どもを守ることは未来を守ることだし、自分をリスペクトすることでもあるのだろう。

表紙の装丁もよかった。ハードカバーと文庫と、それぞれよかった。



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?