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親友の旅立ち

浪人2年目の春、19歳になった私は、親に言われるままに自動車教習所に通い、車の免許を取り、買って貰った原付で予備校に通う毎日を送っていた。予備校の授業に飽きると、近くの県立図書館に行っては、煙草を吸ったりパチンコに行ったりしては持て余す程に長い一日を送っていた。

その日の夕方も親友Sが、ちょっとバイクを貸してくれと言うので、なんのためらいも無く貸してやった。バイクが無いので歩いて帰るなり、お袋が血相を変えて、「あんた何したんね」と聞いて来る。全く何のことか分からない、逆に何かあったのか聞き返すと、警察から電話で、帰ったら警察署に出頭するように言われたとのこと。何のことか思いめぐらしても警察にお世話になるような悪さはしていない。そうこうしていると親友Sの母親から電話が入った。うちのバカ息子が借りた原付に乗っていたら、白バイに呼び止められた時に、無免許だったからって逃げて、あっと言う間に白バイに捕まってしまった。ご迷惑をお掛けしましたというような内容で話が終わった。あんた免許持たん人に何で貸したりするんねと、そこから親父も参戦しての説教が始まった。それから中央警察署に行くと、私は未成年だから免停となって、法令講習1日と家庭裁判所行きで、親友Sは免許を持っていないし、もう成人なので罰金のみだと言う。私だけ前科者ではないか。後日、家庭裁判所にお袋と一緒に行って、3時間くらい搾られたけど、どう反省したらいいのか分からないまま帰って来た。生涯忘れたことのない親友Sとの思い出の一つだ。

 またある日のこと、あんなことがあっても離れることのない親友Sと数人で秘密基地県立図書館からパチンコ屋に向けて発進、まだ手打ち半分、電動半分の時期で、店内に入り、それぞれが打ち始めて、小遣いを使いはたした者から、小遣いが残った者の後ろやら横やらに群がり始め、起死回生の勝利を見守る。時には、逆転処理で、勝った者が皆に昼飯やらコーヒーを奢るようなこともあったかな。遊ぶ金がなくなると、持っている奴が出す、誰も持ってない時は、親友Sが家に帰ってお袋の財布から5000円とか10000円を抜いて、皆で使う。お袋さんの財布にない時は、従兄の貯金箱から抜くということを繰り返していた。りっぱな奴である。でも、この日は運に見放されて、あれよと言う間にSが打つ台の残り玉が短くなって行き、最後の数発が釘に弾かれながら落ちて行くのを虚しく見送った。さあ、もう店を出ようと私たちは気持ちを出口に向けたその時、Sがクソっとひと声上げながら、祭りの後の寂しさよろしく玉の無くなったガラスに鉄槌を入れた、その時、ガンという音と同時にガラスの中央からまるで蜘蛛の巣が外側に向けて張られて行くようにヒビが広がって行くではないか。親友Sが煙草のヤニで黄色くなった歯ぐきを横に広げながら、逃げるぞと泣きそうな顔で笑って叫ぶ。Sの泣き笑い顔と広がり続けるヒビ、理解するよりも早く、身体はパチンコ屋の外に駆け出していた。そんな奴でなのです親友Sは。

 極めつけは、ある日だらけの19歳のまたまたある日のこと。必ずサボる予備校と必ず親不孝な予備校生が集まる県立図書館で、することは勉強以外にないことは百も承知なのに、その日も勉強以外のすること探しに熱中する。3人でボーっと煙草を吸っていると、城址公園に女子高生が一人、お堀のコイを眺めて佇んでいる。退屈に押しつぶされそうになりながらSが言う。オイ、ジャンケンで負けたら、あの子に声を掛けよう。はいそうしましょうとなってしまって、ジャンケンホイ。このジャンケンが人生最大の選択になることを、この時誰も知らない。しら真剣のジャンケンの敗者は言いだしっぺのSだった。声なんて掛けられるはずもないのにと、勝った二人は高を括っていたら、スタスタと女の子に近づいて行って、話しかけているではないか。しかも、楽しそうに、一度だけこちらを振り向きガッツポーズまで決めやがった。向こうの二人の話は終わりそうになく、残された二人はやっかみ半分でパチンコの妬け打ちに消えて行ったように記憶している。

 それから数年が経ち、東京や東京近郊のどこかの大学にそれぞれ入学して、時々、誰かの下宿とか雀荘に集まっては麻雀をしたりしていた頃のこと、親友Sが小田急線は経堂駅の近くの雀荘で、大きな手を積り上がった時、握った牌を麻雀宅に叩きつけると、そのまま麻雀宅のタガが外れて破壊してしまったという話は今も伝説になっているらしい。そんなSに最近はどうしてると聞けば、あの時声を掛けた女の子と同棲をしていると、煙草で黄色くなった歯で言うではないか。何で何度も煙草で黄色くなった歯と表現するかと言うと、Sは生まれてからこの時期までまだ一度として歯磨きなる行為をしたことがないというのが自慢だったからだ。

それからまた数年が経って、一人また一人と就職して、一人また一人と結婚なんかし始めた頃、Sも結婚したと言う。そうかあいつも落ち着く気になったのか、それで相手は誰だと聞くと、大学で同棲していたあの子、と言うことは予備校の時にジャンケンで決まったあの子と結婚、そんなことがあっていいのか。あいつならあっていいと思うよと、居合わせた全員が納得したことを今も覚えている。

そんな大親友Sが6月のある日に心筋梗塞で逝ってしまった。
葬儀に集まったあの時にもあの時にも居合わせた奴らと、一番死にそうにない奴が死んだと笑って話して来た。一言も無く死んで行った奴のことなんかより、残されたあの時の奥さんとあの時の奥さんの子供たち二人のことが心配で仕方ない。初盆には皆に迷惑を掛けた奴に言いたい放題の会を持とうと奥さんと約して別れた。その時には、あいつがどれだけ酷い奴だったか、奥さんと一緒になって話してやろう。
バカ野郎が何も言わずに死んだ。寂しい、本当に寂しい。

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