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フローライト第四十六話
朔の絵が完成して、美園は明希の店に朔と一緒に持って行った。美園がモデルのその絵は、どこかノスタルジックを感じさせる少女の絵のような出来栄えだった。
「えー・・・素敵・・・」と明希が絵を見て言った。朔が照れたように少し顔をほころばせた。
「どこに置く?」と美園は聞いた。お店は壁には所々に利成の絵が飾られていて、一緒に並べるのも・・・と思ったのだ。
「一番目立つところに置こう」と明希が言う。
「値段は?」と美園は朔に聞いた。
「え?えーと」と困ったような顔する朔。
「あんた、値段考えてないの?」と美園は言った。
「いくらでも・・・」と朔が言う。
「えー・・・じゃあ、百円でも?」と美園が言うと明希が笑った。
「みっちゃん、それは酷いよ」と明希は言い、「絵の具代とか、かかった時間とか考えてみて決めたら?」と朔に言った。
「じゃあ・・・二万くらい・・・」
「そう?じゃあ、まずそれくらいにしておいて、値段交渉次第ではいくらでも下げていい?」
「いくらでも・・・」と朔が恐縮したように言う。
「じゃあ、やっぱり百円になっちゃうよ」と美園は言った。
「みっちゃん、そういうこと言わないの」と明希が注意する。
「じゃあ、一万くらいまでは下げれる範囲にしようか?」と明希が言うと、「はい、お任せします」と朔がますます恐縮したように頭を下げた。
明希が店に入ってすぐの目立つ場所に置いてから写真を撮っている。
「どうするの?」と美園が聞くと「お店のツイッターに載せるの。若き画家のたまごさんが孫娘を描いたってね」
「そうか、宣伝するわけだ」
「そうだよ。みっちゃんもやってないの?ツイッターとかインスタとか」
「やってるけどまったく更新してない」
「じゃあ、更新したらいいよ。あ、それとユーチューブまたやればいいのに」
「でも・・・利成さんが一人でやれって・・・」
「そうなんだ。みっちゃんなら一人でも大丈夫でしょ?」
「そうだけど、つまらない」
「アハハ・・・そうか。利成と一緒で楽しかったんだね」
「そうだよ」
「じゃあ、朔君とやったら?」と明希が無茶なことを真顔で言う。
「えっ?!」と朔がびっくりして明希を見た。
「えー対馬と?だって対馬、ピアノできる?」と美園は聞いた。利成とはピアノか歌でアップしていたのだ。
「できないよ」と朔が答えた。
「だよね」と美園が明希の方を見ると明希が「必ずしもピアノじゃなくたっていいじゃない?」と言う。
「じゃあ、何?」と美園は聞いた。
「さあ?そこは考えたら?」とちょっと無責任な明希。
「・・・・・・」
絵を預けて明希の店を朔と一緒に出ると雨が降り出していた。
「あ、雨。傘なんて持ってないよね?」
美園は空を見上げて言った。
「持ってない」
「だよね」
「しょうがない、駅まで走ろう」と美園は走り出した。朔が後ろからついてくる。
駅に入ると急に振られて傘がなかった人が多く、皆濡れた頭や身体の水滴を払っていた。
「帰る?」と美園が聞くと「天城さんのユーチューブってどうやったら見れるの?」と朔が聞いてきた。
「え?あーアカウント教えるよ」と美園はスマホを取り出した。
「まあ、でも天城利成って検索しても出てくるけどね」
美園はURLを張り付けて朔のラインに送った。
「ありがとう」と朔がラインを見ている。
「ユーチューブやる?」
美園が聞くと「えっ?」と朔が焦った顔をした。
「対馬は歌うたえる?」
「歌えない」
「楽器は?」
「できない」
「何かできることある?」
「・・・アニメーションなら」
「えっ?ほんとに?」
「そういうソフトで作るから簡単な奴なら、自分の絵で作ったりしてるよ」
「えー、そうなんだ。見せて」
「ユーチューブはやってないよ」
「そうなの?じゃあ、何?」
「パソコンに保存してる」
「何だ、もったいないね。公開すればいいのに」
「いや・・・」と朔が困ったような顔をした。
「オッケー。まず見せて。いけそうなら私のアカウントでアップしよ」
「えっ?!」とものすごく驚いて朔が一歩後ずさった。
「今から見に行ってもいい?」
「今から?いいけど・・・」
「じゃあ、決まり。行こ」と美園はホームの方に歩いていった。
朔の家に着いたときはもう夜の七時になっていた。
「こんばんは」と玄関で美園は出て来た朔の母親に挨拶をした。
「こんばんは」と物凄く驚いた顔の朔の母親を無視して、朔が階段を先に上って行く。美園は朔の母親に頭を下げてから朔の後ろから階段を上った。
「何か物凄く驚いてたけど大丈夫?」と美園は部屋に入ると言った。
「大丈夫って?」と朔が聞く。
「だって女の子なんて連れて来たことないでしょ?お母さん何と思っただろうね」
「女の子だけじゃない、男だってあまり連れてきたことないよ」と朔が今までにないようなシビアな口調で言った。
(あれ?)と美園は思った。
朔のエネルギーの質が何となく変わったのだ。
(何だか対馬は面白いというか・・・わかんないな)と美園が対馬の顔を見ていると「何?」と朔が聞いてきた。
「ううん、じゃあ、見せてよ」と美園はさっきからパソコンの前でマウスを動かしている朔の横から顔をだしてパソコンの画面を見た。すると急に朔が焦ったように美園から離れた。
その動きが大袈裟だったので美園は笑った。
「やだな、取って食おうってんじゃないんだから」
「・・・あれ・・・ほんと?」と朔が聞いてくる。
「何?あれって」
「・・・絵が売れたらってやつ・・・」
「あ、キスのこと?」
「そう・・・」
「ほんとだよ」
「その・・・どこに?」
「どことは?」
「キスの場所・・・」
「あー、どこがいい?」と美園はいたずらっぽい笑顔で言った。
「・・・口・・・」と言う朔。
「いいよ」と美園は答えた。それから「早く見せて」とまだ美園から離れていた朔に言った。
朔がパソコンを操作してそのアニメーションを出した。
(へぇ・・・可愛い・・・)
絵は絵画っぽくなく、イラストのような感じの女の子が出ている。
「こういう絵も描けるんだ」と美園は画面を見ながら言った。
「まあ・・・」と朔が言う。
「じゃあ、私が作った歌のイメージでアニメ作れる?」
「天城さんの曲で?」
「そう。動画にアップしてるのほとんど私が作ってるんだよ。みんな利成さんだと思ってる人多いけどね」
「そうなんだ。今、見ていい?」
「いいよ」と美園はユーチューブを検索して自分の動画を出した。朔がそれを見る。
「すごいね、ピアノ」と朔が言う。
「まあ・・・赤ちゃんの頃からやってたからね」
「赤ちゃんの頃?」
「そう。利成さんの親がね、ピアニストなのよ。もう年だからやってないけど・・・その麻美さんっていうんだけど、その麻美さんに仕込まれたのよ」
「へえ・・・」
朔が美園の他の動画も見ている。
「これ、天城さんと一緒に弾いてる」
「そ、最初の頃は一緒に連弾してくれたりしてくれたんだけど、最近は一人でやれっていうのよ」
「そうなんだ・・・天城さんは綺麗だから・・・」
(あれ?)と思う。
「私のこと綺麗だと思ってるんだ?」
「うん・・・」と朔が言って美園を見た。
その目が今までのようなおどおどとした目ではなく、強い目だったことが美園は意外で新鮮に感じた。
「そっか・・・まあ、じゃあ、私が曲を作るからできたら教えるよ」と美園は言った。
「うん」と朔が返事をしてからチラッとまた美園の足を見た。
(あーやっぱり足フェチだな・・・)と美園は思う。
「じゃあ、帰るね」と美園が部屋を出ようとすると「あ・・・」と朔が声を出したので振り返った。
「あ・・・何でもない」と朔が顔を赤らめている。また性欲的なエネルギーを美園は感じた。
(なるほどね、こんなにいつも性欲あったらちょっとキツイかもね)と少し気の毒になって美園は言った。
「こないだみたいなことしないなら触ってもいいよ」
「えっ?!」と物凄く朔が慌てている。
「足、好きなんでしょ?」
美園が言うと朔が真っ赤になった。
「どうする?」と美園が言うと「・・・じゃあ、少しだけ」と朔が言う。美園は何だかその言い方がおかしかったが、真面目な顔のままもう一度ベッドに座った。
「スカートの上からね」
「うん・・・」と朔が太もも辺りに手を置いてきた。
恐る恐るその手を動かす朔を見ていると、何だか変な気分になってくる。美園は朔の手の上に自分の手を重ねてみた。朔がハッとしたように美園の顔を見た。
朔から感じるエネルギーは性欲というより何か憧れのような、まるで神聖なものに触れるかのように感じている雰囲気がした。
「・・・天城さん、彼氏いるんだよね?」と朔が言った。
「いるよ」
「・・・じゃあ、何で?」と聞かれて美園は朔の顔を見つめた。
最初はからかい半分、退屈しのぎだった。朔の反応を見て楽しんでいただけだった。でも最近は朔の作品に触れるにつれて、朔から不思議な感覚を感じるようになっていた。それは退屈な美園の心をざわざわと騒がし、何かを期待させるのだ。
「何でかな?」と美園は言った。
何となく見つめ合っていると朔が唇を寄せてきた。美園はその唇をよほどそのまま受け止めようかと思ったけれど、朔の身体を押してから立ち上がった。
「帰るね」
そういうと朔が「・・・駅まで送る」と立ち上がった。
外に出ると雨は止んでいた。真っ暗な夜道を二人で歩いていると、何だか不思議な気持ちがしてきた。
(あー何か・・・夢の中みたい・・・)
そんなふわふわした気分だった。
駅に着くと朔が「じゃあ・・・」と言った。
「うん、じゃあね」と美園は笑顔で朔に手を振った。朔が顔を赤らめて手を振り返してきた。
(対馬といると退屈じゃないみたい・・・)
美園は自分の気持ちに気がついて何だか可笑しかった。
明希や美園の宣伝が効いたのか、朔の絵が意外にも早く売れた。しかも買ったのは若いOLさんだったらしい。
「いくらで売ったの?」と美園は明希に聞いた。絵が売れたとすぐにその日の夜に明希が電話をくれたのだ。
「それがね、一万七千円で売れたのよ。嬉しくておまけにアクセサリーもあげちゃった」
「そうなんだ。まあまあな値段だね」
「そうでしょ?朔君にすぐ教えてあげて」
「わかった。明希さん、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」と明希も嬉しそうだった。
すぐにそのまま朔に電話をかけた。ラインより直接言いたいと思ったのだ。絵が売れたことを話すと「えー?!!嘘?!!」と大声で叫んだ。
「ほんとだよ。一万七千円で買ってくれたんだって」
「ほんとに?信じられない・・・」と朔が感動で泣きそうな声を出した。
「良かったね。これで利成さんのあの絵買えるじゃん」
「うん・・・ありがとう・・・天城さん」
「うん、対馬は才能あるよ」
そう言ったら「俺が?!才能なんてないよ」と朔が言った。
「あるって。対馬の絵をいいって思ってくれた人がいたんだから」
「うん・・・」
「じゃあ、今度の土曜日でもさっそく利成さんの絵を買いに行こうよ」
美園が言うと「うん」と嬉しそうに朔が言った。
土曜日の夕方、朔と一緒に利成の家に行った。明希があの絵は自宅に保管してあるというのだ。ちょうど利成もいるのでおいでと言われる。
利成の家に着くと明希が出迎えてくれた。
「朔君、良かったね。私もすごく嬉しかった」と明希が朔に満面の笑みで言った。
「ありがとうございます」と朔が照れくさそうに頭を下げた。
「利成、上にいるから直接行ってみて」と明希に言われ、朔と二人で美園は二階に上がった。
利成の仕事部屋をノックすると「はい」と返事がした。
「利成さん、対馬連れてきたよ」と美園が言うと「どうぞ、入って」と言われて二人で中に入った。朔が珍しそうにきょろきょろと部屋の中を見ている。そう言えば、朔は利成の仕事部屋の入るのは初めてだった。
「そこに座って」と利成が言う。朔と並んで美園は小さめのソファの座った。
「売れたんだってね」と利成が言う。
「はい、ありがとうございます」と朔が頭を下げた。
「どんな気分?」
「・・・えーと・・・嬉しいです」
「そう?」と利成が少し笑顔になる。
(あー利成さん、絶対楽しんでる・・・)と美園は利成からそんなエネルギーを感じた。
「はい」と朔が照れくさそうに言った。
「そうか・・・じゃあ、第二弾も行こうか?」と利成が言った。
「え?第二弾って・・・」と朔が驚いて利成の顔を見ている。
「一回でやめるのはつまらないでしょ?次もまた売りたくない?」
「え・・・でも・・・」と戸惑っている様子の朔。
「そうだな・・・次は何がいいかな・・・」と利成が考える風に目線を壁の方に向けた。
(やっぱりこれは絶対対馬をおもちゃにしてる・・・)と美園は考えている利成を見つめた。
美園も同じような気持ちだったのだから、利成の気持ちにすぐに気がついた。
「油絵以外にしようか?」と利成が朔の方を見て言った。
「どんなのですか?」と朔が聞く。
「そうだね・・・今度は色鉛筆で美園を描いてみたらどうだろう?」
「えっ?色鉛筆ですか?」
「そう」と楽しそうな利成。
「ちょっと、利成さん。何でまた私?」
「それは美園もやりたそうだからだよ」と当り前のように利成が言った。
美園は利成を見つめた。これは完全に心を読まれてるな・・・と思う。確かに美園は最近朔に惹かれていたのだ。
(いや、でももちろん一番は晴翔さんだけどね)と心の中で自分に言う。
「イラスト風でもいいし、朔君が描きたいイメージの美園でもいいよ」
利成が言うと「描きたいイメージ?」と朔が聞いた。
「そう、必ずしもそのままでなくてもいいってことだよ」
「・・・・・・」
貰った利成の絵をどうやって運ぼうかと思う。それはわりと大きめな油絵だったので、持って電車に乗るのは大変そうだった。
「今日は無理だけど、良ければ今度直接朔君の家に持って行ってあげるよ」と利成が言った。
「えっ?でも・・・」と朔がすまなそうにしている。
「その方がいいからそうしてもらいなよ」と美園が言うと「う、うん・・・」と利成に頭を下げた。
明希がお土産にと持たせてくれたブドウの入った袋を手にした朔と、美園は利成の家を後にした。
駅まで歩いて帰る方向が違うので美園が「じゃあね」というと朔が「あ、待って」と言った。
「何?」と美園が振り返ると「あの・・・約束」と朔が言った。
「約束?」と美園が首を傾げると「絵が売れたらっていうやつ・・・」と朔が少し目を伏せた。
(あっ!)と美園は思い出した。すっかり忘れていたのだ。絵が売れたらキスしていいよと言っていたことを・・・。
「あ、ごめん。忘れてた」と美園が言った。
「・・・・・・」
「いいよ。でもここじゃね」と美園は人通りの激しい駅の中を見た。
「・・・・・・」
朔が黙っているので「うち来る?」と美園は言った。咲良がいるだろうけど仕方がない。
「いいの?」と朔が言う。
「いいよ、でも、もう遅いけど大丈夫?」
時刻はもう夜の七時を回っていた。
「大丈夫」と朔が言う。
少し張り切ったような雰囲気の朔と一緒に電車に乗った。電車に乗ると朔はすぐにイヤホンを耳につける。音楽を聴いているらしいが、そうしてないと電車に酔ってしまうというのだ。車は大丈夫なのに、電車は酔うっていうのもおかしいなと美園は最初思った。
自宅マンションに着くと、やっぱり咲良がいた。
(いや、いて当たり前なんだけどね)と美園は咲良に「対馬入れるから」と言った。
「え?もう遅いけど大丈夫なの?」と咲良が言う。
「大丈夫」と美園が朔の代わりに返事をした。朔が「お邪魔します」と頭を下げて入って来る。
真っ直ぐ美園の部屋に入る。美園はベッドに座るとすぐに「じゃあ、いいよ」と言った。
朔が「えっ」と焦ったように美園を見る。
「するんでしょ?どうぞ」と美園は言った。どうもごちゃごちゃ回りくどいのが嫌なので、こういうストレートな言い方になってしまう。
朔が近づいてきて「ほんとに口にいいの?」と言った。
「いいよ。目、つむろうか?」と美園は聞いた。
「うん・・・」と朔が言うので美園は目を閉じた。
朔が近づいてきて息遣いを感じる。ベッドがギシッと音をたてた。朔の唇が美園の唇をふさぐ。少し触れるだけかと思っていたのに、意外とべったりと口づけてきた。
(ちょっと・・・)
朔が舐めるような口づけをしてきた。美園が好奇心からそのままにしていると、更に深く唇を覆うようにしてくる。あのおどおどしている朔の姿はどこへやら、執拗に美園の唇を貪り始めた。
(これは・・・もうここまで・・・)と思った瞬間、朔が美園をベッドの上に押し倒してきた。
どうやらまた性欲に火がついたらしい。美園は少し焦った。今日は咲良がいるのだ。見つかったらとんでもないことになる。けれど今日は急に朔の動きが止まった。そして美園を上から見下ろしてきた。
「天城さん・・・その・・・彼氏とはまだ付き合ってるの?」とわりと冷静な声で聞いてくるので、美園は少しホッとした。
「付き合ってるよ」
「そうなんだ・・・」と朔ががっかりしたように美園の上から身体をよけた。
「・・・私が好き?」と美園が言うと「・・・ん・・・」と朔が顔を赤らめた。
「そうなんだ」とベッドの下に膝を抱えている朔の隣に座った。
「どんな風に?」と美園は聞いた。
「どんなって・・・」
「キスしたいとか、それ以上とか?」
「それ以上?」
「キスだけでいい?」
「・・・どういう意味?」
「それ以上はしたくない?」
そう言うとハッとしたように朔が顔を赤らめて下を向いた。
「・・・したいけど」と小さな声で朔が言った。
「そう・・・」と美園は言って黙った。
「もし、彼氏と別れたら俺とつきあって欲しい・・・」
朔がわりとはっきりとそう言ったので美園は驚いた。
「多分別れないよ」と美園が言うと「そう・・・でも、もしもでいいから」と朔が言った。
「うん・・・」と美園が答えると、朔が嬉しそうに顔を上げた。
「・・・次の絵も売れたら、またキスさせてくれる?」と朔が言う。
次の絵・・・色鉛筆で自分を描くという絵だ。
「そうだね・・・売れたらね」と美園は言った。
朔が嬉しそうに笑顔になった。
「いつから描かせてくれる?」
「いつでもいいよ。ヒマだもん」
「じゃあ、明日から」
「いいよ」
それからの日々は、朔の家か美園の家で絵を描いた。色鉛筆ならわりとすぐに出来上がるんじゃないかと思っていたら、朔は何度も描いては破りを繰り返しているのでなかなか進まない。
「何で破るの?」と美園が聞くと「気に入らないから」と朔が言う。
「別にうまいのに」と美園が言っても頑固に描いては破るを繰り返す朔。
そのうち奏空のライブツアーも終わって家に戻って来た。
「美園~」といつものように抱きついてくる奏空。
「おかえりなさい」と言うとじっと奏空に顔を見つめられた。
「美園、俺が留守の間に色々あったみたいだね」と言われる。
(あー・・・こういうところが奏空は厄介・・・)
「まあ・・・」と美園が答えると「晴翔の奴、言っとかないと」とひとり言のように奏空が呟いている。
「晴翔さんも戻ってるよね?」と美園は聞いた。晴翔からの連絡はまだない。
「戻ってるよ、ていうかあいつだけ先に戻ったはず」
「そうなの?」
「仕事入ってて先に戻ったよ」
美園は自分の部屋に入ってスマホを見てみた。晴翔からの連絡はない。先に戻ったとはいえ仕事だから戻ったのだから忙しいのだろうと思う。
(あー全然会えないし・・・連絡もない・・・)
美園は前の彼女のことを思った。
(もしかしてよりを戻したとか?)
自分からラインをしようかと思ったけれど何だかしづらい。何故か晴翔だと遠慮と言う変なブレーキがかかるのだ。ラインの内容からもある程度の相手の気持ちやエネルギーは読める。美園は前の晴翔とのラインを開いてみた。
(やっぱりすぐセックスするのはまずかったか・・・)と思う。やっぱりギリギリまでしないでいた方が晴翔の意識をもっと自分に向けることができたのかも・・・。
(ま、今更言っても仕方ないか・・・)
(あーこういう時は対馬にでもラインするか・・・)
<起きてる?>とラインを送ってみた。
<起きてるよ>と相変わらずすぐ返信が来る。
<何か退屈>
<宿題もうやったの?>
<やったよ>
<早いね>
<やってないんだ?>
<国語苦手だから>
<そうなんだ。私は数学苦手>
<数学の方がまだまし>
<そっか。絵、いつできるの?>
<まだできない>
<もう、そんなに綿密にやらなくてもいいんじゃない?>
<いや、気に入らないのは嫌だ>
<そう>
そこでいきなり電話が鳴って美園はびっくりした。
(あれ?晴翔)
「もしもし?」と美園はすぐ電話に出た。
「美園?ごめん、起きてた?」と晴翔の明るい声が響く。
「起きてたよ」
「良かった。ようやくツアー終わったから。奏空も戻ってるでしょ?」
「帰ってるよ。晴翔は早く帰ったって聞いたけど・・・」
「あ、そうなんだ。仕事で先に俺だけ早く戻ったんだよ。連絡遅れてごめんね」
「ううん、それはいいけど」
「今、何してた?」
朔とラインをしていたことを思い出す。でも「特に何も」と美園は答えた。
「そう?もしかして寝るところだったんじゃない?」
「まだ寝ないよ」
「そっか・・・明日でも会える?」
「明日は学校だから、夕方からなら会えるよ」
「良かった。俺も昼間は仕事あるから、夕方でも迎えに行こうか?」
「一人で行けるよ」
「そう?じゃあ、学校終わったらラインして」
「わかった」
次の日学校に行くと朔が「今日は来れる?」と聞いてきた。
「今日は用事ある」と美園が言うと「彼氏?」と朔が言う。
「うん、そう」と美園が答えると「じゃあ、明後日」と朔が言った。
朔と明後日絵のモデルの続きをする約束をして、学校が終ると晴翔にラインをした。
<ごめん、迎えに行こうと思ったんだけど、行けなさそうだから来てもらってもいい?>
<いいよ>と返信して晴翔のマンションに向かった。インターホンを鳴らすと「どうぞ~」と明るい声が聞こえた。
部屋に入ると、「ごめん、急に仕事になって今帰ってきたところで・・・」と晴翔が済まなそうに言った。
「気にしないで。全然大丈夫だから」と美園は言った。久しぶりなのでやっぱり嬉しい。
毎回晴翔の家でのデートだが、それでも晴翔との会話は楽しかった。
「こないだの生まれ変わりの話、ツアー中の夜に話が出てさ」と晴翔が言う。
「どんな?」
「奏空なら前世わかるんじゃないって聞いたんだよ」
「そうなんだ?何て言ってた?」
「そんなのわかんないよって言われたから、美園が奏空ならわかるみたいなこと言ってたって言ったら、もしわかってても教えないよって言うんだよね」
「そう」
「何で?って言ったら、そんなの本当かどうかなんてわからないからだって」
「そうだろうね」
「でもね、遊びでいいから教えてよって俺言ったのね」
「うん」
「そしたら、”晴翔は俺側だから”だって。意味わかんないんだけど?」と晴翔が笑った。
「そうなの?晴翔は奏空の方なんだ」
そう言ったら晴翔が驚いて「え?意味わかるの?」と言った。
「まあ、何となく・・・」
「じゃあ、教えてよ」
「んー・・・奏空がよく囲碁に例えるんだけど・・・奏空は白石で私は黒石、つまり晴翔は白石ってこと」
「え?ますますわかんないけど?」とまた晴翔が笑った。
「そうだよね」と美園も笑った。この説明は難しいし、変な話になりやすいので説明をするのはやめた。
ふと会話が途切れる。美園は晴翔が入れてくれたコーヒーを一口飲んだ。
「美園に嘘つきたくないから言うんだけど・・・」と突然晴翔が深刻そうな顔をした。
「何?」
「・・・その・・・元カノから連絡が来てさ・・・会いたいって言うんだよね」
「そう・・・」
「それで・・・」
「会いたいんだ?晴翔も」
美園は晴翔が言う前に先に言った。顔を見れば次に言いたいことくらいはわかる。晴翔はハッとしたような顔で美園を見た。
「そう・・・なのかな・・・」と考える風に晴翔が少し首を傾げた。
「未練がまだあるってこないだ言ってたでしょ?なら会いたいんじゃない?」
「んー・・・」と晴翔が言いにくそうにしている。
「・・・別れる?」と美園は言った。元カノと会うということはそういうことだろう。
「えっ?」と晴翔が驚いて美園を見た。
「だって、会いたいってことは元カノも戻りたいからでしょ?」
「そうかもしれないけど・・・」
「晴翔も戻りたいんでしょ?」
「・・・・・・」
「じゃあ、私とは別れるってことだよね?」
「会いたいってことが、イコールよりを戻すってことでもないんじゃない?」
「そうだけど・・・晴翔が戻りたそうにしてるもん」
美園がそう言ったら晴翔が視線を美園からそらし、テーブルの上に向けた。美園はただ黙って晴翔から感じるエネルギーを最大限に読んでみた。
(やっぱり、戻りたそうだな・・・)
何だ、自分はただのつなぎで、ヘタしたら性欲だけだったのかな・・・?といつもよりかなりネガティブな思いになった。
晴翔が顔を上げて美園と目が合った。
「ごめん・・・きっとそうなんだろうね」と晴翔が言う。
「そうだよ」
「・・・・・・」
「別れていいよ。元カノとよりを戻す方向で頑張ったらいいんじゃない?」
なるべく冷たく聞こえないようにと気を使ったが、どうにもネガティブさが混ざってしまった。
ハッとした顔の晴翔が「・・・ごめんね」と顔を伏せた。
「いいよ」と美園は一瞬涙がこぼれそうになった。晴翔と会ったのはほんの数回。それもこの部屋でだけ・・・。二回、セックスをした。それで終わりだ。
美園は立ち上がって上着に手を伸ばした。
「私、帰るね」
そういうと晴翔が焦ったように立ち上がった。
「待って、送るから」
「いい、一人で帰れる」
「もう、外も暗いし、車で・・・」
「いいの!」とちょっときつく言ってしまうと晴翔が黙った。
「あ、ごめん」と美園は謝った。
「美園ちゃん・・・ほんとごめんね」
晴翔が美園という呼び捨てから”ちゃん”づけに戻すのを聞いて、尚更悲しい気持ちになったけれど、「本当に一人で帰れる」と言って鞄を持った。
晴翔はもうそれ以上は何も言わなかった。
「じゃあ・・・」と玄関先で美園が言うと「うん・・・」とだけ晴翔が答えた。
家に着くまでの電車の中で何度も涙がこぼれそうになったけれど、美園は唇を固く結んでそれに耐えた。自宅マンションに着いて玄関のドアを静かに開けて、そっと真っ直ぐ自分の部屋に入った。そして鞄を置くとすぐにベッドに突っ伏した。あまりにあっけない終わりに、処理できない思いが胸の中に渦巻いている。
泣くことも何だかできずにしばらくそうしていると部屋のドアが開いた。
「何だ、帰ってるんなら声かけてよ」と咲良が言った。
美園がベッドに突っ伏したまま何も言わずにいると咲良が「ご飯は?」と聞いてきた。
「いらない」と美園はようやくそれだけ言った。
「何かあったの?」と咲良が美園の様子がおかしいのに気がついたようだった。
「・・・何も」
美園がそう返事をすると「早く制服着替えなよ」とだけ言って咲良はドアを閉めて行ってしまった。
(こういう空気は読んでくれて助かる・・・)
美園は一人になりたかった。けれど次の瞬間、コンコンとノックされて「美園?」と奏空が顔を出した。ライブツアーが終り、少しの間休みなのだ。
(あー一番厄介な奴が・・・)と美園はそのままベッドに突っ伏したまま身を固くした。
奏空が黙っている気配を感じた。
(こういう時、何かの漫画みたいに「気」を消せないものだろうか・・・)
美園が考えていると、奏空が美園の寝ているベッドに座った。
「晴翔に言う前にこうなったか・・・」と奏空が呟く。
「いう前って?」
美園はまだ顔を突っ伏したままくぐもった声を出した。
「晴翔の奴、振られた彼女に未練たらたらだったから、そのうちこうなるんじゃないかと思って・・・」
「未練たらたら?」
「そうだよ。美園はわからなかったの?」
「わかったけれど・・・そこまではっきりとはわからない。晴翔さんが彼女に未練はあるけど、その寂しさで私と付き合ってるんじゃなくて、私は私で好きだって・・・」
「美園でも言葉をそのまんま取っちゃったんだね」
「・・・・・・」
「そうか・・・やっぱ恋は盲目ってやつだね」
そう言って奏空が美園の背中をポンポンと優しく叩いた。
「盲目だったのかな・・・」
美園は起き上がった。
「そうだね」と奏空が肩を抱いて美園の身体を引き寄せた。
「じゃあ、恋するとエネルギーを感じる感度も鈍るってこと?」
「そうだよ」
「だから奏空も咲良にああなっちゃってたのか・・・」
「・・・・・・」
「そうか・・・そういうことだったんだ」
奏空も結構前に咲良に陶酔したような歌を作ったことがあるのだ。
「そういうこと!だから気を付けて」と奏空が励ますような元気な声を出した。
「・・・セックスして損した・・・」
「・・・・・・」
「そうでしょ?性欲だけの恋だなんて・・・」
「損も得もないでしょ?その時そうしたかったんだから」
「そうだけど・・・してなかったらもう少し私にこだわってくれたかも・・・」
「・・・美園も未練あるんだね」
「あるよ。好きだったんだもん」
「そうか・・・」と奏空がまた美園を引き寄せた。
「もっといい男が美園にはいるよ」
「そうなの?」
「うん、多分・・・」
「多分って何よ?」
「んー・・・それはね、美園がどうするかにかかってるからだよ」
「え?もしかして奏空は、私の行く先がわかってるとか?」
「アハハ・・・まさか」
「じゃあ、何で?」
「んー・・・行く先はわからないけど、美園のカルマはわかるからね」
「そうなの?どんなカルマ?」
「それは教えたらダメでしょ」
「えー・・・教えてよ」
「ダメ。自分で気がついて」
「知ってるくせに教えてくれないなんてズルいな」
「自分で気がついてこそでしょ?」
「そういうもの?」
「そういうもの」
(はぁ・・・)とため息が出る。恋はどうやら正常な判断を狂わすらしい・・・。
(今度からは気をつけないと・・・)
(ああ、でも・・・晴翔さん、好きだったのに・・・)と、美園はやっぱりしばらくは落ち込みそうだと思った。
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