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【vol.7-7 2023年度号】年末年始に『教えないスキル』『思春期のしんどさってなんだろう』を読んで考えたこと

おはようございます。

元旦から、日本海側を中心に大変な状況になっていますね。

皆さん、お元気ですか。

佐伯夕利子さん著『教えないスキル』の中で、
サッカーというスポーツについて、

莫大なファクターがからみ合い、ピッチ上は予測不能な状況が90分間以上続きます。準備して事前にリハーサルできる事柄は、決して多くありません。

『教えないスキル』第3章 p.95から抜粋

という記述があります。

「お正月、元旦に、大地震が起きる」
なんてことは、もう、本当に、誰も予測できなかったことだと思います。

予測不可能なことは、現実に、起こる。
誰も思いもしなかったことは、現実に、起こる。

サッカーというスポーツと同じ。
予測不可能、変わり続ける状況の中で、
「判断する」
ということの大切さ。

今こそ、問われている瞬間は無いのかもしれません。

『教えないスキル」という本については、
「耳すまラジオ」の中でも、じっくり取り上げています。
よかったら序章・第1章・第2章をメインとした内容の第3回耳すまラジオ、聴いてみてください。

佐伯夕利子さんの大切な問い、

私たち大人は、子どもや若者が自分で考える機会を奪っていないでしょうか。萎縮させず、対等な関係性を築いているでしょうか。心地良く自由に学べる環境を与えているでしょうか。

『教えないスキル』序章 p.25

の中にある、「対等」という言葉に耳すまがひっかかり、
これはスローガンではないのかも、なんらかの重しやメッセージを持たないと対等な関係性って成り立たないかも、とさらに問いかけています。

災害・緊急時の時というのは、
全体として一致団結することが必要であることから、
多くの日本人が抱える
「上意下達」「同調圧力」
の空気感がより一層強まりやすい状況であるといえます。

ただ、現状は、「予測不可能」「カオス」です。
通常時とは違う判断をしないといけない時だって多々あります。
ネット上では、デマやフェイクが混じっていることもあります。
なんでもかんでも他者の発信することを鵜吞みにしない力も、すごく重要になってくる状況です。

対等な関係・対話的な関係性が
日常的に築くことができれば、
豊かな集合知を発揮することもできるかもしれない。

「上意下達」「同調圧力」の力でスピード感を持って
進むべきシーンもあれば、
落ち着いて、
「対等」「対話的」な関係性が非常に重要になってくるシーンもある。
ケースバイケースだと思います。

新年に入り、私は、もう一冊の本を手に取りました。

鴻巣麻里香著『思春期のしんどさってなんだろう?』
という本です。

この本も、『教えないスキル』と共通する要素があって、
大人と子どもが「対等」なコミュニケーションを築くことの大切さ、
「思春期」という言葉に逃げないで、
しっかり問題を問題として捉えることの大切さ、
が書かれています。

本の中で、「さくやさん」という方が率直に述べています。

大人が向き合うべきことは、おかしいって感じる私たちじゃない。おかしなことやイヤなことにたいしてです。

『思春期のしんどさってなんだろう』第3章 p.186

本の中では、こんなことも述べられています。

「コロナのせい」と「思春期のせい」は似ていると感じます。どちらも世の中の仕組み(環境や構造)にしんどさの原因の多くがあるのに、わかりやすい理由を持ち出すことで仕組みの側にある問題がみえづらくなってしまいます。

『思春期のしんどさってなんだろう』おわりに p.220

 日本社会は、変わりつつあるとはいえ、まだまだ「上意下達」「同調圧力」の空気感が支配的な社会構造の中にあると耳すまは感じています。令和に入り、表面化してこなかった問題・膿が炙り出され、多様な意見が飛び交うようになっています。その状況は、一見すると、「分断的」なのかもしれないです。しかし、だからといって、無理やり、一緒くたにして、一致団結を目指すというやり方は、絶対に解決に向かわないことだけは確かだと思います。

 私たちは、『教えないスキル』から判断力を育てる方法を学び、『思春期のしんどさってなんだろう』から、表面的な事象やある時期の呼称の先入観的イメージだけで決めつけずに、しっかり社会構造・問題の核心に向き合うべきタイミングに来ているのだと思います。

 『教えないスキル』の中には、「学び壊し」という言葉も出てきていて、耳すまラジオでも語りました。

ラーン(学び)

アンラーン(学び壊し)

リラーン(学び直し)

『教えないスキル』第1章 p.47

私たちは、なんでもかんでもインプットするのではなく、かつてインプットしてきた学びを、一旦壊し、再構築することが、必要なんだと思います。その過程で、ひとりよがりにならず、対等に対話することを常に頭の片隅に入れながら、試行錯誤を繰り返して、豊かな集合知を見出していくべきなんじゃないかと思います。その力、そのやり方、が、多くの日本人の中で、まだまだ文化として根付いていないのが現状で、日本人の新しいコミュニケーション様式を、積極的に構築していく姿勢が、2024年以降、本当に重要になってくると思っています。

その具体的な考え方として、
耳すまラジオの中で、旧友コヤマが、

選択肢をいくつ思い浮かべられるか

耳すまラジオ第3回より

と話しています。
つまり、正解は1つじゃない。いろんな方法・手段・考え方・価値観がある。そういうことを日常の中で、知って、判断して、試行錯誤していく経験が大事ということです。これって、本当にサッカーというスポーツの本質的なところのような気がしますね。

また、もう1つの具体的な考え方として、『教えないスキル』の第2章タイトルでもある、

「問い」を投げる

『教えないスキル』第2章 

ということが重要になってくるのですが、
その「問い」の「姿勢」が、「誘導的」ではなく、

「オープンクエスチョン」
『回答者側に主導権』がある状況を常につくることで、問いに意味をもたせます。

『教えないスキル』第2章 p.72

であることもまた重要になってくるのです。

「判断(選択肢をいくつ思い浮かべられるか)」
「対話的な問い」

この質を高めていくことが、どうやら非常に重要なようです。

『思春期のしんどさってなんだろう』の中では、

NOという意思を出せることの大切さ

についても、性的同意、部活動への参加の話など、具体的な話の記述の中で再三述べられています。

違うよ、とか、NO、とか、そういうことをちゃんと意思表示できる関係性を築くことが、本当に重要なんだと思います。

人と人とは違う、合う・合わないがある、人によって距離感が違うのが当たり前、そういうことを、学び壊しながら、学びなおしていく必要が、あるのでしょうし、日々、変わっていく必要があるんだろうなと思います。

最後に、トップ画像の写真のご紹介。
今回、ご紹介した2冊の書籍の下に、
ヘラルボニーさんのブックカバーを敷いてみました。

ヘラルボニーさんのキャッチコピーは、
「異彩を放て」

noteサイトもあるようです。

 2024年は、人と人とが、お互いに、異彩を放ちながら、豊かな集合知を創造する、新しいコミュニケーション、対話の力を育てる一年にしたいです。そのヒントとして、サッカーというスポーツ、女性がサッカーと関わるということ、大きな大きな意味があると思います。

 皆様、今年もよろしくお願いいたします。

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