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さすらいの客
「何か、お探しですか?」
もう、10分以上も店の中をウロウロしているスーツ姿のお客に、ミリーは声をかけた。
真夜中のコンビニ。
正確な時刻は分からないけれど、店の中には誰もおらず、ピカピカに磨きあげられたお菓子売り場の通路がひっそりとするほど、遅い時間だった。
「うーん。そんな気がするんですけどねぇ…」
お客は、真四角のかばんをきちんと両手で持ち、視線を宙で泳がせている。
その視線はまず、おにぎりコーナーへ行き、それから次に、スナック菓子の方へと言った。
「お仕事帰りですか?」
ミリーは心から知りたいと思って、質問した。
ミリーは店員じゃない。ミリーは、ミリーだ。
この人は、どんな人なんだろう?何が好きなんだろう?どんな世界を持っているんだろう?
「ええ、そうです」
「お腹は、空いていませんか?」
「そういえば、空いている気がします」
相づちを打ちながら、ミリーはなんとなく思うところがあった。
「失礼ですが、あなたはとても疲れていますね。それに、心の底で寂しい思いをしている。それで、この店に来たのではないですか?」
お客の肩が、ピクッと動いた。
胸にかばんを抱えた格好のまま、棚の中段あたりに視線を向けている。だけど、その目が何も捉えていないことは、ミリーにも分かった。
「そうです、きっと。いや…まさしく。多分…」
少し間が空いて、さまよう言葉たち。
「でも私は、なんだか本当は、何が欲しいのか…」
「何が欲しいのか、分からないんですね」
あてもなく、コンビニに足を踏み入れてしまう。その気持ちは、ミリーにもなんとなく理解できた。
そういえば、今日はお店のBGMがかかっていないみたいだ。とても、静か。
「はい。欲しいものがあるからコンビニに来たのではなく、何か欲しいものはないか、見つけるために、コンビニに来たんです」
相変わらず、その視線は棚の中段あたりに置かれている。
だけど今度は、その中から何か1つ捉えているように見えた。
それは、1つだけ売れ残った「あんぱん」かもしれないし、その隣の「コロッケパン」かもしれない。
「甘いものは、好きですか?」
ふいに、ミリーは尋ねた。
「ああ、そう言えば、甘いものが食べたい気がするなあ」
お客は、初めてミリーの方を見た。
何かをひらめいたような、そしてどこか安心したような表情で言った。
2人は、デザートのショーケースの前まで来た。
「ブーン」と鳴るショーケースのかすかな音が、静かな店内に響いている。
「うーん…シュークリームが良いかなあ…トロっとした冷たいクリームを、口いっぱいに頬張って、味わっていたい気分だ」
お客は楽しそうに言った。
クリームのとろっとした感触を思い浮かべ、その表情はうっとりとしている。
ほんの一瞬、ミリーの頭の中にその人の子ども時代の姿が浮かんだ。
「いいですね。それでは、157円です」
「ああ、2つください」
「分かりました。それでは、314円です」
小銭で314円ぴったり。
その場で代金を受け取り、シュークリームを渡す。
ミリーは店の入り口までついて行って、お客を見送ることにした。
「どうもありがとう」
お客の目の中に、ぷるんとした光が見えた。
「コンビニでできることは、せいぜいこんなことくらいですが…」
それは、ミリーがいつも思ってることだった。
そしてそれは、いつも忘れてしまっていることでもあった。
「いえいえ、ありがとう。これで明日も頑張れるよ」
「はい、明日は何か、見つかると良いですね」
お客は、かばんにシュークリームを無造作に入れ、腕を振った。
街灯があちこちで光り、暗い道へと降り立ったその笑顔に、スポットライトを当てていた。
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