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6+3

小学校に入ってすぐの頃。
家庭訪問期間が終わり、
入学後のバタバタからようやく通常の授業ができるようになったころだったから5月あたりだったろうか。
私は学校からの帰り道で
動けなくなった。

絶望したからだ。

ミーミー6歳。
「義務教育」という言葉を知った日。

その日の昼休み、担任の先生が
「今回君たちが小学校に入学しただろう。これはまだ始まったばかり。小学校は6年間あって、卒業したら今度は中学校。中学校は3年間ある。ここまでが義務教育で、そのあと高校、大学と続いて…」というようなことを話していた。
それで知ったのだ。
「ぎむきょういく」を。

私はその時点ですでに
生活のありとあらゆることが嫌になっていた。

早起きして制服に着替えて登校すること。
朝から時間ごとに授業を受けること。
給食。掃除。朝の会、帰りの会。
友だちとの交流。
まるまる全部。
何も楽しくないし辛かった。

思えば保育園時代から「通う」ことが苦手だった。
年子の弟が母に甘えて泣いたり登園拒否するのを見ていて、
(羨ましいけど、これは私までワガママを言っちゃダメなやつだな)とわかっていたので、
休みたい、行きたくない気持ちをグッとこらえて、
必死に登園。
だからといって、家に居るのが楽しいとか幸せだとかそういうわけでもなかった。
我が家は家庭内もちょっとごたごたしていたし、
毎日なんだか寂しくて、心細くて、お姉ちゃんを頑張らないといけないという勝手な使命感でがんじがらめだった。
家では寂しさと心細さ、
学校は家とはまた違った心細さがあって、
不安だし焦っていたしどうしたらよいかわからなかった。
どっちの時間も苦しくて、
逃げ出したくても6歳の私には無理で、
夜寝る前には毎夜よからぬことを考えた。
ただただ日々に必死だった。

そんな私が
「ぎむきょういく」というものがあると知る。
覚えたての算数で、
(小学校が6年もある。そのあとの中学校も3年あるらしい。これ、絶対なのか。6年に3年足したら…)

とぼとぼと義務教育というものを考えながら歩いた。
そして、信号待ちのタイミングで
(6年+3年…は、9。
…え?!9年間も学校が続くの!?
この生活が9年間…義務教育9年間…)

私は途方にくれた。
まだ6年かそこらしか生きていない私にとって、9年間は長かった。

この辛い、
「学校に通う」という日々が最低でも9年間は続くらしいとわかった瞬間、
私は動けなくなった。
どうやって帰ったのかも覚えていないが、
ある程度ぼんやりしたら何事もなかったかのように帰宅したんだと思う。
泣いたりわめいたりしてその気持ちを出せていたら少しは違ったんだろうけど。
あの日のズーンとドーンとした、心身が重くなった感覚と絶望感が忘れられない。

あれから40年が経った。
あんなに絶望した「9年間」の4倍以上の月日が流れた。
長かったけど、ずいぶんと早い段階で絶望を感じたものだから、それからの日々が少しずつ楽しいものになっていった。

何かに成功したとか、
嬉しいことがあったとか、
すごく楽しかったとか、
そういうことはなかったけれど、
少しずつ少しずつ、
小学1年生で動けなくなるほど絶望したあの瞬間よりは「ちょっとマシ」か同じくらいの日々を繰り返すうちに
月日は流れた。

中学校は小学校よりすこーしだけ、ほんとにほんのすこーしだけ楽しかった。
高校は中学校より楽しかった。
「ぎむきょういく」じゃなくなったからだろうか。
さらに大学はもっと楽しかった。
そして今。
大人になって、
ちょっとしたことでスキップしたり小躍りするくらい楽しい日々を送っている。

息子が「夏休み明けが嫌だー」と言えば、
「嫌よね。ママなんて夏休みあけどころか全部が全部嫌だった」と、義務教育9年間に絶望した瞬間のことを話すと
「えーー!」と驚いて
「ママらしいね」と笑ってくれる。
一緒になって笑っていたら、なんだかその絶望した思い出さえ良いもののように思えてくる。

あの時の私より辛い状況にある人や頑張っている人は沢山いる。
辛すぎる時には逃げてもいいし行かなくていい。
大人になってからも辛いことや悲しいことはあったけれど、
それもなんとなく乗り越えてこれたのは
6+3の計算をして、
小学校入学からたった1ヶ月で感じた絶望のおかげかもしれない。
今思えばわりとありがたかった。
あの時の自分に教えてあげたい。
「これからの人生、どんどんどんどん楽しくなるから!今はnoteという楽しい場所でエッセイを書いて、毎日ゲラゲラ笑って過ごしているんだよ」と。


夏の終わりになんとなく書きたくなりました。



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