見出し画像

【ピリカ文庫】はじける

恋人のそらが他界して四十九日が過ぎた。
この2ヶ月あまり、泣いて泣いて泣いて。
毎晩泣き疲れて寝てしまうまで泣いていたら、
さすがに涙も枯れたらしい。
私からはもう何も出なくなった。

今日は、
空のお兄さんであるりくさんとの待ち合わせ。
約束のカフェに入ると、
先に着いていた陸さんは私の顔を見るなり驚いて、
「うみちゃん、ちゃんと食べてる?眠れてる?」
と聞いてきたので、
きっと私の顔は見るからにからびていたのだろう。

「これ、例の。頼まれてたやつ。あんまりゴソッとは取ってこれなくて。ちょっとだけ持ってきた」
陸さんは小声でそう言いながら、私に白いハンカチに包まれたブツを差し出した。
内緒ごとのコソコソ感を陸さんが醸し出す。

私はそのハンカチをゆっくりと受け取って、膝の上で広げた。
ハンカチの真ん中に透明の小袋。
袋の中に小さくて白い欠片が2つ入っていた。

私が顔を上げると、
「うみちゃんに頼まれる前に、空にも言われてたんだ。うみちゃんに渡してほしいって。さすがにうみちゃんが皆の前で骨を持ち帰るのは難しいだろうからって」
陸さんは少し誇らしげだ。

私がまじまじと白い欠片を見つめていると、
「左手だったと思う。人差し指とか小指あたりかな。その辺が小さくてちょうど良いでしょ」と言った。

そらの人差し指と小指。
いなくなった空がたしかにここに存在している。
私はじわじわと嬉しくなった。
それと同時に私との約束を覚えていてくれた空と、それを叶えてくれた陸さんに感謝の気持ちでいっぱいになった。

「好きにしてくれていいって言ってたよ。海に撒いてくれても、もういらないってなったら捨ててくれてもって」

私は少し拗ねたようなしぐさで陸さんを見る。

そらのお骨をどうするかはもう決めてあるんです。捨てたりはしないです」

「いやぁ、でもね、うみちゃんにこれから良い人が出来る可能性もあるわけじゃない?いつまでも死んだ恋人の骨を持っててもねぇ」

骨を手にして微笑んでいる私を陸さんが心配そうに見つめる。

私は「あ!」と少し明るい声をあげて話題を変えた。

「陸さんも子どもの頃に食べてましたか? パチパチするキャンディー。口の中で弾けるやつです。バチバチバチッて」

「パチパチ……?」

陸さんは私の目を見つめながら少し考えこんで、

「ああ!空と一緒によく食べてた!あのはじけるキャンディーね!あれ、流行ったよね!うみちゃんも食べてた?」

懐かしい話を思い出して、急に表情と声色が明るくなった陸さんが、スマホを取り出す。
「まだあるんだっけ?……と、思ったら25年も前に終売してる。あ、でも、似たようなお菓子が出てるみたいだ」

知ってる。
それは私も調べた。

私たちが子どもの頃に流行った、
口の中に入れるとパチパチとはじけるキャンディー。私も食べてみたかったけど、親が心配して食べさせてくれなかった。空は大好きで毎日のように食べてたと、入院中に話してくれた。

「いいなぁ。私も一度食べてみたい」

「俺ももう一度食べたい」

「まだあるんだっけ?」

「いや、もう終売してるよ」

「そういえば何十年も見かけないね」

「あ、新しいやつが違う会社から出てる。ちょっと違うかもしれないけど、これだったら今も買えるんじゃない?」

空のスマホの画面にネットで買えるパチパチキャンディーがうつしだされていた。
「これ、見たことないや。しかも、30袋入りとか60袋入りとか」

「そんなにいらないよね。でも50円くらいのお菓子だったら、1つや2つ買う方が大変でしょ。送料の方が高くついちゃう」

じゃあ30袋でもいいよね!食べ放題じゃん!と、空が笑う。
空の笑った顔を見ながら、一緒にこのパチパチキャンディーを食べたいと思ったのが3ヶ月前。それから1ヶ月もしないうちに空はこの世からいなくなった。



陸さんにお礼を言って別れた後、
まっすぐに帰宅した私は、
テーブルの上にハンカチを広げた。

もし希望通りに骨をもらえたのなら、
最初のうちはアクセサリーにして身につけようと思っていた。
そうすれば、今までのようにいつでも一緒にいられるから。

しかし、涙も枯れるほど泣き続けた日々の中で気が変わった。
アクセサリーとして身につけるぐらいでは、この喪失感をうめられないような気がしたからだ。

空の不在が私には耐えられない。

忘れることもできず、身につけていてもこの気持ちをうめられないのなら。
いっそのこと……。

今日のためにネットで購入しておいたハンマーとすり鉢セットを段ボールから取り出す。
粉骨の方法を調べた時には、まず袋に骨を入れてハンマー等で叩くとよいとあったが、今日もらった骨はすでに充分小さかったので、ハンマーは必要ないなと思った。

私は早速、すり鉢に2つの白い欠片を入れてすり始めた。
カッカッカッカッ、ザリザリザリザリ。
こんなことをするのは生まれて初めてだったが、意外にも簡単に粉になっていく。
20分も夢中で擦り続けていたら、すり鉢の中には白い粉だけになった。

私の持ち物の中で一番綺麗なグラスを持ってきて、すり鉢の白い粉を移す。途中少し、粉が舞った。舞った粉も全部空の骨なのだと思うと、なんだかもったいない気がしたが、私にはまだやることがあるので気にしないことにした。

私は玄関に置きっぱなしにしていた小さな段ボール箱を取りにいき、
テーブルの上で丁寧にテープをはがした。
中を覗くと、
緩衝材に包まれた、3色の小袋の束が目に入った。

コーラ味、ソーダ味、グレープ味の3色。
私たちの頃のとは少し違うがパチパチキャンディーだ。各10袋、計30袋も入っている。

グラスの白い粉に向かって、
「空はどれがいい?あ、コーラ味が好きだったって言ってたっけ」と話しかける。

コーラ味は赤の包装。
ビリビリと袋の上部を破ると、
濃い赤の飴粒とラムネが入っているのが見えた。
そのまま、飴粒とラムネをザラザラと
白い粉が入ったグラスに移した。

私はグラスを右手に持って、電気の下で掲げてみた。
グラスの中の白い粉と
赤の飴粒とラムネがキラキラしている。

「綺麗。空、すごく綺麗だよ。パチパチキャンディーと空が一緒に輝いてる」

私に迷いはなかった。
左手は腰に、大きく口を開けて上を向くと、右手に持っていたグラスの中身をすべて口の中に流しこんだ。

パチパチパチパチ!
口の中でコーラ味がはじける。
初めての刺激に、思わず、
おわっと吐き出しそうになって、慌てて口を閉じた。
最初ほどの勢いはないものの、
私の口の中では、パチパチはじけるコーラ味と、しゅわしゅわのラムネと、ざらりとした粉の感触が一緒になって暴れているようだった。

飲み込んでしまうのがもったいなくて、
我慢しようとしたけれど、
はじけたキャンディーたちは自然と喉をおりていく。
口の中にはコーラのほんのりとした甘さと刺激の余韻だけが残った。

大好きな空が、
パチパチキャンディーと共に私の中に入っていった。

空と一緒にパチパチさせて、
みぞおちまでそれらが下りていく感覚を味わっていたら言いようのない幸せが私を包んだ。
深い安堵の中、
「おいしかった」と口に出した瞬間、
枯れていたはずの涙がまた溢れ出てきた。


〈了〉



テーマ「骨」
#ピリカ文庫

***************

お題「骨」で書かせていただきました。
【ピリカ文庫】に憧れてはいたのですが、
(私には皆さんみたいに素敵な小説が書けないし……)と、イジイジしていたところにお声がけいただいて。
ちゃんと書けているか自信はないのですが、書いている間中ずっと楽しかったです!!

ピリカさん、お声がけくださりありがとうございました!!

https://note.com/saori0717/m/mdd63130311b0


この記事が参加している募集

こんなところまで読んでいただけていることがまず嬉しいです。そのうえサポート!!ひいいっ!!嬉しくて舞い上がって大変なことになりそうです。