慌ててすりおろし
私は小さな頃からあまり体が丈夫な方ではありませんでした。
さらに、年子の弟も病弱で甘えん坊だったため、
体調を崩している時でも母をひとりじめすることが難しかったのを覚えています。
でもひとつだけ、
「風邪をひいたらこれをしてもらえる」と楽しみにしていることがありました。
りんごをすりおろしてジュースにし、それを飲ませてくれるのです。
私と弟が熱を出すと、
母は慌てて家を飛び出し、5〜6個のりんごが入った袋をガシャガシャいわせながら帰ってきます。帰ってくるやいなや、
「ちょっと待っててねー!すぐだからねー!」と叫びながら、買ってきたばかりのりんごを1個丸々すりおろし、
ガーゼで濾してコップ一杯分のりんごジュースを作ってくれました。
できたばかりのジュースを寝ている私のところに持ってきて飲ませてくれる母。
熱があって苦しい時でもこのジュースなら不思議と飲めるんですよね。
色は薄茶色をしていてあまり綺麗ではありません。でも、あまーくて、やさしい、魔法のような味がします。
一生懸命にジュースを飲む私に、
母は
「おいしい!?飲める!?」と大声で聞いてきます。勢いのある口調はちょっと怖くて
(病気の時くらいもっと優しくしてくれたらいいのにな)と泣きそうになったものです。
私が飲み干すところまで見届けると「寝てなさい!」と怒ったように言って、バタバタと弟のところにいってしまうので、母をひとりじめできる時間はそこで終了。
しばらく寝て、目を覚ますと熱は下がっているのでした。
苦しくなくなったことが嬉しくて、母を探しに台所に行くと、大抵シンクには濾された後のりんごのカスが置きっぱなしにされていました。りんごのカスって、言い方は悪いんですけど見た目が結構汚くて。いかにも「栄養とおいしさと水分、大事なものすべてを持っていかれて残りました」感が漂っています。それがそのままそこに置きっぱなし。
綺麗好きの母は料理をするとすぐにキッチンを片付けるタイプの人でしたが、
私たち姉弟が病気をした時はりんごのカスも、すりおろし器も包丁もそのまんま。珍しく荒れるシンクがそこにありました。
当時は
(お母さんはいつもすぐ片付けるのになんでりんごの汁の時は片付けてないんだろう?)と思っていましたが、
今思えば、母も子どもの発熱に慌てていたんでしょうね。いくら綺麗好きでも子どもの発熱時にはりんごだけ買いに飛び出して行って、すりおろしてすぐに飲ませて…としていたら、片付けなんて後回しになりますよね。
怒ったような口調も慌てたり心配したりの気持ちが出ていたんだろうな、と。
あの必死な
母がすりおろしてくれたりんごのジュースは、
どんなお薬よりもよく効く、
おいしくて元気の出る一品でした。
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