ノッカさん、郵便局へゆく

ノッカさんの住む街には、1つだけ郵便局がある。
大きくも小さくもない郵便局で、20人の局員が働いている。ノッカさんは、1週間に1度、決まって土曜日にその郵便局へ行くことにしていた。郵便局へ行く日は、暑くても寒くても木靴を履いて、持っている中で1番上等な靴下を履くと決まっていた。他にも、郵便局へ行くには、次のような決まりがあった。

 ・土曜日の午前中のうちに行くこと
 ・木靴を履いて行くこと
 ・雨が降っていても、傘をさしてはいけない
 ・行く前に、コーヒーを1杯ブラックで飲むこと
 ・郵便局に着くまでは、誰にもあいさつをしてはいけない
 ・持っている中で1番上等な靴下を履いて行くこと
 ・郵便局長に会い、報告をすること

この7つの決まりを守らないと何かが起こるのだが、ノッカさんは決まりを守らなかったことがないので、一体何が起こるのか、それが恐ろしいことなのか、はたまた気が付かないくらいの変化なのか、実のところ知らないのだった。

土曜日だった。
朝起きて、顔を洗い、髪の生え際を鏡でまじまじと点検した。白髪が生えてきた時に見逃さないよう、ノッカさんが毎朝続けている習慣だった。ぼーっとしたまま、朝食のパンをトースターに放り込み、コーヒー用の湯を沸かした。パジャマのまま、朝刊を取りに行く。ノッカさんの家のポストは、アメリカ映画で郊外の一軒家の朝の風景を用意しなさい、と言われたら誰もがセットに用意するような距離で、家の前の庭先(正確には道路に面したポーチの上)にあった。朝刊を見たノッカさんは呟いた。

「土曜日だ。郵便局へ行かねば。」

のろのろと焼きすぎたトーストを食べ、熱いコーヒーを胃の中に流し込む。
郵便局へ行く用意が始まった。まずは、靴下探しだ。毎週探さなくてもいいように、郵便局用の靴下は、クローゼットの1番上の引き出しに入れてある。だがそこには、上等、と思える郵便局用の靴下が少なくとも10足は入っている。そのため結局、毎週土曜の朝には引き出しをひっくり返して、上等コーナーから、選ばれし1足、つまり1番小綺麗な1足を選ぶことになる。今週は、緑色のくるぶし丈、左右にそれぞれ紫と黄色の太い縦線がプリントされた派手な1足がめでたく選ばれることになった。

靴下以外、装いに関する指定は木靴を履くことのみなので、その後の準備はスムーズだった。
最後にコーヒーをぐいっと飲み干し、ノッカさんは玄関で木靴を履いた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?