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デザイン思考中のあなたは本当にクリエイティブなのか?

自分がデザイナーだと自覚したこともない人々にデザイナーの道具を手渡し、その道具をより幅広い問題に適用するのが、デザイン思考の目的なのだ。

ティム・ブラウン(*1.)『デザイン思考が世界を変える イノベーションを導く新しい考え方』

デザイン思考は、イノベーションに対する新しいアプローチとして、アメリカを中心に長年何かともてはやされてきました。日本でも、数々の講座が開かれたり、デザイン思考をベースとした方法論が独自に発展するなど、未だ注目する人は少なくありません。

デザイナーが培ってきたスキルを使用するだけあって、感覚、直感、インスピレーションを大切にしたり、アイデアを目に見える形に落とし込んだりするなど、一見とてもクリエイティブっぽく見えるデザイン思考。
しかし、仮にあなたが「デザイン思考はクリエイティブになれる魔法のようなものだ」と考えていたとしても、はたして現在のあなたの思考過程はクリエイティブだと言えるのでしょうか?

考え方の考え方を考えなければ、アイデアの量は質に直結しない

以前、私が通学している大学で、少なくとも100個のアイデアを考えた後に精査したものを制作する課題がありました。そこで私はデザイン思考の方法論でも度々使用されている強制発想の手法をいくつか使い、もちろん100個以上のアイデアを考えてから課題発表の場に臨みました。しかしそこで私は、教員たちから次々とこのような言葉を投げかけられました。

“どこが面白いの?”
“意外と頭固いよね”

それを受けて私は呆然と立ち尽くしました。

「どうして?100個どころじゃない膨大なアイデアを考えたのに…」

それからというもの、自分のアイデア発想力へのコンプレックスを強めた私は、様々なデザイン思考のワークショップに参加するも、いまいち成長の実感を得られずにいました。

そんな状況でしたが、ある時私は、自分のアイディエーションのレベルが一段階上がった実感を得ることになります。
その時私は、ある新ブランドの製品開発のための通年ワークショッププログラムの草案を作成していました。プログラムの構成を考えながら私は、自分の脳の使われ方が以前教員に「どこが面白いの?」と言われてしまったときと全く異なっていることに気づきました。

私がその当時に意識していたのは「ワークショップの作り手として自分は、参加者に対してどういった問いを設計すれば、一年後に新しい意味を持ったよりよい製品が完成するのだろうか?」ということ。もう少し細かな話で言えば「プロジェクト初期のアイデア発散段階で参加者に多様なアイデアを出してもらうためには、どのような問いを立てたらよいのか?」ということ。すると、アイデアの考え方を考えていたのにも関わらず、自分の中に無理なく多様なアイデアが浮かんでくるのを感じました。

そこから私は、“一次的な思考(*2)”が生まれるメカニズムをメタ的に認知することが、私の発想力を今より豊かにしてくれるのでは?という仮説を導き出しました。(メタ認知と創造性に関する話題も機会があればいつか書きたいと思います)

「関係ない」は「関係ある」の外側にある

ここで私は、以前指導教員が「自分の特技は場の思考の志向性をなんとなく把握してその枠からはみ出るアイデアを出すことが出来ることだと思う」といった趣旨のことをおっしゃっていたのを思い出しました。

デザイン思考は、ティム・ブラウンの著書タイトルにもあるとおり「イノベーションを導く新しい考え方」として作られ、広められたものです。
そもそもイノベーションの定義とはどんなものなのでしょうか。『イノベーションのジレンマ』の著者として知られるクレイトン・クリステンセンは、イノベーションを「一見関係なさそうな事柄を結びつける思考(*3)」と定義しています。

私はこの一文における“一見”という単語がとても重要だと考えています。私は、この“一見”という言葉は、経験知によって左右されてしまっている私達の“一次的な思考”における思い込みのことを指すと考えます。例えば「机」という言葉を聞いた時に、人によって多少の差異はあろうとも、私たちは「固い」「柱に支えられた」「水平の」物体を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、それは今のところ物質世界の多くの「机」と呼ばれているものがそうなっているだけであって、本来の「机」はそのような形式である必要はないかもしれません(日常生活の中だけで見ても、例えば電車内でPC作業をしたいときには、膝の上に置かれたあなたの鞄は「机」に成り得るかもしれません)。
このような思い込みが起こるのは、何も物質的なことに限りません。例えば、直接明示されたわけでもないのになんとなく倣っているルール(不文律)や、「そうあるべき」と思い込んでいることにさえ気づいていない日常の振る舞いもあるでしょう。また、物事の見方・考え方の違いとして表れることもあるかもしれません。

私達の主観は、私達が今まで生きてきた環境で施行されている暗黙の振る舞い等によってある程度規定されてしまっているのではないでしょうか。
クリステンセンは、著書『イノベーションのDNA』の中で「斬新な発想で物事を考える人は、普通の人が無関係だと考える分野や問題、アイデアを結びつけているのだ」と語っています。ここでいう“普通”とは、世の中の大多数によって暗黙的に運用されている振る舞い≒常識と呼ばれているようなもののことを指すと私は考えます。

こうして私達の思考は、この“一見”という状態においては、主観的な経験知などによって偏った見方・考え方に思い込まされているということが考えられます。ですから、“一見”関係無さそうな事柄を思いつくためには、まず自分が何を“一見”関係がある事柄だと思っているのかを認識しなければならないのではないでしょうか。

そのように考えてみると、指導教員がおっしゃっていた「場の思考の志向性をなんとなく把握してその枠からはみ出るアイデアを出す」というのは、どうやら現状「関係ある」と考えられている事柄を認識し、その外側にある今のところ「関係ない」ものとして扱われている事柄を掘り起こす行為とも言え、このような考え方をしているときは、ある種イノベーティブなアイデアを考えやすい頭の使い方だと言えるのではないでしょうか。(*4.)

Design thinking は Designed method ではない

ティム・ブラウンは著書『デザイン思考が世界を変える イノベーションを導く新しい考え方』でこう語っています。

本書は「ハウツー本」ではない。デザイン思考のスキルは、実践から習得するのが一番だからだ。本書の目的は、偉大なデザイン思考のもとになる原理や手法を理解するのに役立つ「枠組み」をお届けすることだ。

昨今、様々な方法論が氾濫しているデザイン思考ですが、そもそも世の中に流通している種々のデザイン思考的方法論は、あくまでもイノベーションを導く新しい「枠組み」だったのではないでしょうか。
本コラム冒頭の引用にもあるように「デザイナーの道具」であるがゆえ、持っただけでとてもクリエイティブになったかのような錯覚に陥ることの出来るデザイン思考ですが、道具を持つことと、使いこなせるようになることは同義ではありません

巷にあふれているデザイン思考の方法論は、もちろん「イノベーションを導く新しい考え方」として考えられ、広められたものですが、もともと完全に洗練されたメソッドではありません。与えられた「道具」をただ何も考えずに使っている状態は、果たしてクリエイティブな態度と言えるのでしょうか。
いい鉛筆画を描くため、鉛筆や消し具や紙を洗練させるのと同じくして、モチーフの捉え方や、鉛筆・消し具・紙の扱い方についても洗練させなければなりません。同様に、いい最終成果物(デザインアウトプット)をつくるためには、デザイン思考として巷に流通しているメソッドそれ自体も、そしてそれの扱い方もアップデートしていかなければならないのでしょうか。

今回紹介した私の体験はほんの一例であり、言及しているのもアイディエーションの特に発散パートに限りますが、そもそもデザイン思考は全体を通して実践の中でエッセンスを体得していくというスタンスで作られたものだったはずです。

表層の形式だけをなぞるのではなく、方法論とその扱い方の両輪を洗練させていく態度を持ち続けることが、真にクリエイティブな思考を育ててくれるのかもしれません。


*1. ティム・ブラウンは世界的デザインコンサルティングファームIDEOの現CEO。世界中のビジネスパーソンやデザイナーにデザインシンキングとイノベーションの価値について伝えています。
*2.  筆者は、人間の思考には階層性があるという立場です。ここでは、高次の認知として位置づけられるメタ認知を使用しない、通常のぱっと思いつくような思考のことを「一次的な思考」と呼んでいます
*3.  出典:https://www.nikkei.com/article/DGXDZO35219210Q1A930C1M10700/
*4.  第二章(考え方の考え方を考えなければ、アイデアの量は質に直結しない)と第三章(「関係ない」は「関係ある」の外側にある)は一見違うことを言っているようにも思えますが、第二章の「プロジェクト初期のアイデア発散段階で参加者に多様なアイデアを出してもらうためにはどのような問いを立てたらよいのか?」ということを考えていた時の私は、まさに「この問いを投げた場合に起こり得る場の思考の志向性はいかなるものか?」をなんとなく想像し、「その枠からはみ出るアイデアを出してもらうにはどのような問いを投げかけたらよいのか?」ということを考えていたのでした。

(志田雅美 / デザインリサーチャー)

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