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短編小説0013明朗会計ホスト(感呪性より抜粋改編) 中編/三部作 2640文字 3分半読

どんな人間でも大なり小なり悩みやコンプレックスを抱えているかも知れないが、とりわけ彼女らの決定的な特徴というのが孤独というものだった。
彼女らはほぼもれなく親兄弟、子ども、配偶者、恋人など、一緒に住んでいるとは限らないが、誰かしら自分の身近な人がいることはいる。
いるにはいるが本質的な支え合う構造になっていないことがほぼ全てだと、おれ自身の経験では感じる。
孤独の種類は客の数だけあるから皆が皆同じであるとは言わない。
でも普通、悩みや自分自身の課題って身近な人に助けてもらったり、助言してもらったり、そうでなければ自力で何とか解決したり、解決しないまでも現状維持を保っているとかして、どうにかこうにかすることが殆どだ。
でもおれに付く客の多くはそういうものとは違う、何というか、世間から隔離された空間で生きる、異空間の存在のようなものが感じられた。見えない薄いビニールのようなバリアの中にいて、こっち側とそっち側で自分と他人が全く相交わらない状態にある。
目の前に現実に存在している、見た目は人間だが、全く違う人間のような何かだ。

感受性が違うんだ。
感覚が違うんだ。

ホストクラブなんかに縁がない人には、全くの異世界の出来事、宇宙人のような存在に思えることだろう。
肝心なところは頑丈な鍵をかけて閉ざしている部分がある。そんな客ばかりだったと思う。

親に虐待されて高校中退して上京し、風俗で働く子。
両親が極端に不仲でケンカが絶えず、その環境に耐えられず家出と外泊、リストカットを繰り返し、あろうことか親からはあきれられ、家にいるとただただ息苦しいだけなので本当に家を捨て、仕事を転々としている子。
口にするのもはばかれる位の酷い生い立ちの子。

話を聞くだけでもうそれはそれは壮絶な、よく今まで生きていたねと心からの敬意を全力でささげたい気持ちにさせるストーリーばかりを持つ指名客がおれには多かった。
偉そうにおれが一段高いところから彼女らを眺め、人間観察を楽しむような身分であるなんてことは全く思わない。おれだってまさかおれ自身『一般人』の肩書を持てる人間とは思ってない。その証拠に彼女らの人間臭がどうも自分と同類のそれに感じて仕方がない。
ただの一見さんの客のだっていっぱい来る。いずれにしてもほぼもれなく騒いで、楽しんで店を出る。
終始暗く、一人で飲んでいるような「アナタハナニシニキタノ?」っていう人はまあ見たことがない。ずっと泣きっぱなしっていうのたまにいる。
いずれにしても本気か虚像かわからないけど、感情の振り幅は大きい。
ホストクラブとはそういう場所だからそうなるのが自然だ。

おれにはもう血のつながった肉親はいない。父ちゃんも母ちゃんも死んだ。おじさんも死んだ。じいちゃん、ばあちゃんもおれが産まれる前に死んだと聞いている。遠い親戚みたいのは、いるかも知れないが知らない。

もう天涯孤独だ。

彼女たちと同じだ。
彼女たちは、肉親は存在しているかも知れないがそういったことではない。
もういないんだ。孤独なんだ。

何かしら、本当にそれぞれの事情から孤独を選択した彼女たち。
孤独しか選択肢がなかった彼女たち。
おれはもう肉親が全くいなくなるなんて信じられなかったけど、もうどうすることもできなかった・・・。
そんな同じ孤独臭を身にまとった彼女たちが(おれには大金を使ってくれるいわゆる太客はついていなかったが)、一生懸命働いて稼いだ金を一晩で数万円から数十万円、時に百万円以上を使う。ホストクラブは大金が飛び交う世界だからどうってことないが、でも彼女らの人生に触れてしまうとこれはちょっとヤバい世界だなと今更ながら思った。決して詐欺とか騙しているわけではないし、まっとうな合法商売だけれども、心の隙がバリバリにある彼女たちから大金を払わせるのは心が痛む自分がいるのを感じた。
まさか、ホストクラブなんかに来るな、無駄使いするな、まっとうに働けとか言うのは全くのズレた主張だし、彼女らに対して失礼なことだ。彼女らを見下している事と同じだ。
でも彼女らの刹那的な狂喜を見ていると、この瞬間だけでも、幸せな気持ちを感じられるのであれば、せめて人生の救いになるのかとも思うとすごく複雑な気持ちになった。
その反面、おれは何という傲慢な人間だとおれ自身のことを思う。何様のつもりなんだと。

だからこそなのかわからないが、この店に来てくれたからには、おれなりにお金を使わせないよう、終始最高の気分で過ごしてもらえるよう精一杯頑張った。おれが彼女たちの人生のうちほんの一瞬しか関わらないのならば、その一瞬の間だけでもキラキラ輝くような時間を共有したいと本気で仕事をした。
おれには彼女らの人生を変えることはできない。救う事なんてできない。救うなんておこがましいことだ。
彼女自身の人生だし、彼女自身が自分で決めるんだ。

おれはナンバーワンになれないとこの時悟った。

本当の意味でホストとしてプロになれないし、多分指名客は適度に付くけれども、適度に離れていくと思った。客とはそういう接し方だからだ。太客に育て上げるような接し方はしなかった。

売り上げ上位のホスト達は、客を上手に手のひらで転がす。
つかず離れず、ある意味依存的な関係に仕立て上げつつも緩やかに突き放したり、嫉妬させたり、急接近したりとそれはそれはうまく客を扱う。
でも単に天性のもので楽にやっている訳ではない。彼らは相当努力をしている。同伴はもとよりLINEで一日中連絡をとりフォローする。それも数十人に対してだ。昼も夜もずっとスマホをいじっているのはゲームや動画を見ているのではなく、文字通り仕事中なのだ。ずっと二十四時間ずっと仕事中なのだ。しっかりと数時間の連続した睡眠時間なんか取ってないんじゃないだろうか。だから体力もないとやっていけない。睡眠不足の上、毎日酒を飲むのだからかなり体を酷使している。
ホストクラブなんかに縁のない普通の人から言わせれば、ホストというものはきっと、派手な見た目から想像するに軽薄な印象しかないだろう。
でも実際は見えていないところではものすごい努力をしているのを知るにつれ、ホストに対する印象が全く変わっていった。正直自分自身にもどこかホストに対する後ろめたさというか、さげすんだ思いがあったが、そんなことは全くの誤解であって偏見に過ぎない。職業に貴賤なしとはまさにその通りだと思った。そんなことを思っていた自分が恥ずかしかった。

彼らはプロだと思った。



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