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死神 ちゃん。

何か、悪い夢をみているのだろうか。

ふと 誰かの気配に目を覚ますと、数時間前、疲れて倒れ込むように入ったベッドの枕元で、一人の女の子が僕の顔を覗き込むようにして立っていた。

カーテンの隙間からこぼれた光で判別出来たのは、肩につかない位のショートヘアに、くるりとした潤んだ瞳、左手にはクマのぬいぐるみを持っている。
そして、唇を尖らせて
「 死神です 」
等と 言う。
普通、死神といえば…
黒い服に身を包み、手には大きな鎌を持った骸骨と、相場は 決まっているはずである。
   …いや、今はそんなことより、この子は 一体何なんだ!?
はっと我に返り、玄関とベランダの施錠を目視で確認する。
不法侵入を疑うなら、もはや、侵入された後に防犯確認をするというのも馬鹿げているが、唐突なシチュエーションに、僕の思考回路は完全なバグを起こしていた。
「 あの…なんですか? 」
いざとなれば 警察に電話しようと、そっとスマホに手を伸ばしながら尋ねる。
「 死神です 」
先程より嬉しそうに、今度は、ぴょんぴょんと跳ねた様子で彼女は答えた。
   …これは、関わってはいけない人だ!
一瞬にして色々と察した僕は、決して刺激をしないよう、穏やかな口調で話すことにした。
「 お家、帰らなくていいの? 」
不思議そうに首をかしげた後、彼女は意地悪そうに
「 死神なのに? 」
と聞く。
「 あのね…
私、死神なの。
今日、あなた、帰り道に死にたいなぁって、向かってくる車に飛び込もうと考えたでしょ? 」
初対面の招かざる不審者に言い当てられて、思わずドキッとする。
しかし、そんなことはお構い無しとばかりに、彼女は続けた。
「 困るの!
私のやること 増やしてくれたら! 」
一層 唇を尖らせた上に語彙ごいを強めて、今度はねたように言う。
会話は、相も変わらず支離滅裂に違いないが、誰も知る由のない僕の思考がこうしてつまびらかにされ…
もしかしたら、この子は死神であながち間違っていないのではないか。と滑稽至極こっけいしごくな思いがよぎる。
「 困るんだよなー 」
彼女は 仏頂面をしながら、今度は僕を、睨んでみせた。
「 …ごめん 」
何と答えたらいいか分からないまま、ばつが悪い空気に、目を伏せて謝ってしまう。
「 わかってくれたら 許してあげる
大丈夫!
死にたいって思うのは、今だけよ
すぐに 物事は好転していくわ
天命を全うする時…
つまり、あなたが おじいちゃんになった頃ね
今度は、死にたくないって思うの
人間って、本当に我儘
その時が来たら、改めて迎えに来るから…
それじゃあ、指切りね  」
急ぎ早にそう言うと、彼女はケタケタと 屈託の無い顔をして笑っていた。
僕の同意も得ないまま、どうやら約束は締結されたらしい。

「 なんで…連れて行ってくれなかったの? 」
このまま 全てを投げ出して、一層のこと楽になれたら…
凡愚どんぐな気持ちを捨てきれなかったせいか、泣き言が口を突いてしまう。

「 馬鹿ねー
死にたいと思いながら…
あなた、一生懸命…必死で、生きようとしていたじゃない 」

そう言うと 彼女は、持っていたクマのぬいぐるみの左手を『 バイバイ 』というように振って雲散霧消うさんむしょうした。
 






















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