恋愛 精算機。( 前編 )
最近、 巷では『 恋愛精算機 』というものが、嘘か誠か 人知れず流行っているらしい。
普段なら、こんな都市伝説紛いなことは一切信じたりしないのだが、如何せん、私は昨日 失恋したばかり。
少しでも傷心が癒えたらと、ネットで検索した情報を頼りに、半信半疑ながら その ' 恋愛精算屋さん ' への道を行っているというわけだ。
見慣れた大通りを抜けて、住宅街が立ち並ぶ路地に這入る。
22 時。
辺りは しんと静まり返り、月明かりだけでは少々心許ない。
古いタイプのようだが、頼りの街灯は自身の眼下を照らすだけで、防犯としての役割を全く成していなかった。
― それにしても、こんな場所あったんだ。
知らない土地を歩いている不安と、街として機能していなさそうな 退廃的雰囲気が、夜の静寂に混ざって 不気味にすら思える。
不意に、前方から強い風が ざーっと身体を吹き抜け、私は反射的に目を閉じてしまう。
まるで、SF 映画のようだった。
そっと目を開けると、眼前には、先程の静寂に包まれた住宅街とは打って変わって、真っ暗闇の中の一本道に立たされていた。
突き当たりには、カフェを思わせる風貌をした建物が ぽつんと一軒。
『 えっ… 』
何が起きたのか脳内処理も追いつかないまま、すっとんきょんな声を出す。
なにか 見えない力のようなものが大きく口を開け、まるで、私を誘っているようだ。
異世界に飛ばされて帰り道を失くした私は、目的地へ進むより 他になかった。
というよりは、そこ へ行けば全てが解決するような…そんな気がしたのだ。
意を決して、しずしずと 歩みを進める。
突き出し看板に『 check out 』
片開きのドアには、達筆な手書きで
『 貴方の恋愛、精算致し〼 』
の張り紙。
― ここだ。
ノブに手を掛け 恐る恐る引くと
カランコロン
という、耳覚えのある ドアベルの音。
向かって右のレジカウンターには、立派な顎髭を貯えた、品の良い紳士が一人立っていた。
「 いらっしゃいませ 」
こちらに気付くと、穏やかな顔をして出迎えてくれた。
その 緩和な面持ちに…
ようやく見た ' 人 ' に…
ここが 何処とも知れぬ場所だということを忘れて、思わず安堵してしまう。
『 さあさ、こちらへ 』
促されるがまま、カウンター越しに紳士と向き合うように立つ。
アンティークなレジスターであろうか…
骨董品の類は 全く詳しくないが、年代物で高価らしいことは見て取れる。
そのレジスターに、しばし見惚れていると
「 お客様の精算したい 恋愛を、お聞かせください 」
と言い、紳士は、淹れたてのコーヒーが入ったカップを私の前に そっと置いた。
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