お下がり。
いつも お下がりだった。
好みでも無い服を着せられ、足に合わない靴を履いていたせいか…
幼い頃はよく転び、その度に、膝小僧を赤く擦りむいていたことを覚えている。
抑圧されていた反動なのか、私は早くからお洒落に興味を持ち…
周りの女の子が漫画やアニメに興じていた頃、ファッション雑誌を手に 見様見真似でメイクを覚え、思春期にもなると、自分を一番可愛く見せる術を心得ていた。
流行りを抑え、皆と被るファストファッションは避け、高いヒールの靴で颯爽と熟れて歩く。
ショーウィンドウに映る 私は、昔、雑誌で見たものに とてもよく似ていた。
『 お洒落は 我慢 』というが、ヒールの高い靴だけは、どれだけ経っても足に馴染まず…
側溝や段差、点字ブロックや階段。
街は、あちこちに私の足を救おうとするものが散在していて、何度も躓きそうになりながら、それでも咄嗟にバランスを取って歩いてきた。
向かうのは、彼の家。
見た目に比例して性格も良く、高学歴・高収入と、誰もが羨む 私の自慢。
それなのに今、足取りが幾許か重いのは、どうしても拭えない想いの 答え合わせをしたいからだろう。
約束の無い 訪問。
そんなことを知る由もない彼は、鼻歌混じりに入浴中。
好都合とばかりに私は、無造作に置かれたスマホにそっと手を伸ばす。
警戒の緩い それは、意図も容易くロックが外れ、LINE を開くと、一番上に、聞き覚えのある女の子の名前があった。
─ 元カノだ。
少し躊躇しながら、名前をタップした。
女の勘は よく当たる。
こんな時、大抵は一番見たくないものを目にするのだが、例に漏れず そうだった。
そっとスマホを元あった場所に戻し、隣にあった煙草からぶっきらぼうに一本を引っ張り出すと、慣れない手つきで火を点ける。
初めて は、煙が目に染みて…
涙が出そうになるのをぐっと堪え、彼にぶつけたい言葉達と一緒に 吸い込んだ。
力一杯 灰皿に押し付けた煙草は、私の心だ。
溜息にも似た深呼吸をした後、再び、今度は乱暴にスマホを掴むと、迷いも無く私の名前を消去する。
帰り道。
足に合わない靴は、やはり 歩きずらい。
ゆらゆらとよろけても、もはや、バランスを取る気力さえ残っていなかった。
膝小僧は 酷く痛み、絶えず、どくどくとした鮮血を流している所をみると、瘡蓋になるには、長い時間を有することが 容易に想像できる。
なぁんだ…
また、お下がりか…
︎︎◌ 補足
帰り道。
足に合わないのは、誰もが羨む『 彼 』であり…
膝小僧は、『 彼女の心 』です。
最後の『 お下がり 』は、彼が、元カノの お下がりだったというオチでした。
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